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『グラン・トリノ』の感動と困惑
『グラン・トリノ』を観てきました。
観た人間がみんな「素晴らしかった」と言っているのに今更僕が言葉を重ねるのも野暮な気がしますが、それでも個人的な思いを吐きたくなる、そんな映画です。
ラストまでネタバレしますので、それがお嫌いな方は読み飛ばして下さい。
俳優としてのイーストウッドの熱烈なファンだったと言うわけではありません。 それでも『戦略大作戦』、『続・夕陽のガンマン』『荒野のストレンジャー』『マンハッタン無宿』『ダーティハリー』『ペイルライダー』『許されざる者』と、好きな作品は山ほどあります。
『ローハイド』というテレビドラマからマカロニウエスタンと、決してハリウッドの本流ではないキャリアでスターになったアクション俳優が、いつの間にか監督としても名を上げ、今やハリウッドでも数少ない"良識ある映画人"になったなあと感じるくらいには、リアルタイムで彼の作品に接してきたのではないかと思っています。
『グラン・トリノ』は、素晴らしい映画です。
個人の贖罪(しょくざい)と再生をテーマにしながらも、アメリカの現在を描いています。
イーストウッドが演じる頑迷で保守的な主人公ウォルト・コワルスキーに、ハリー・キャラハンの老いた姿を重ねる往年のファンも多いでしょう。
役者も監督もホンもいい。誰かに熱く語りたくなる映画です。
しかしその反面、ラストをどうとらえたらいいのか戸惑っている自分もいました。
少し順を追って話します。
冒頭、自分の妻の葬式に来るだらしない孫達の姿を苦虫を噛み潰した様な表情で睨(にら)み付けるウォルトを見ただけで、彼がどんな人物かわかります。
パンフレットから引用すれば"自分だけの正義"を持ち"それから外れるものは、何もかも許せない頑固で偏屈な男"。
自分の住む町が、不況により移民が増え、いつの間にかメキシコ人や黒人やアジア人達が主流になっていることを苦々しく思っている。
それが隣人のモン族の一家と触れ合う事で変わっていきます。
この辺のユーモラスな描写は意外でした。もっとシリアスな描写が多いかと思っていたのですが、善意のモン族に戸惑う主人公をイーストウッドは実にうまく演出し演じています。
内向的なモン族の青年に男としての自立を促すことが、彼自身にも影響を与える。
ですが、この触れあいは苦い結末を迎えます。
モン族の青年が同族のチンピラ達につきまとわれている事を知ったウォルトは、彼らを襲い「二度と手を出すな」と痛めつける。
そして、これが新しい暴力を呼ぶ。
隣人の家はチンピラにより銃撃され、青年の姉は彼らに拉致されレイプされてしまう。
チンピラ達を一掃しないと隣家に平穏な日々が来ない事を悟ったウォルトは、復讐に行くとはやる青年を置いて、一人チンピラ達の住処に乗り込んでいきます。まるでダーティハリーのように。
ですが、彼は丸腰でした。
チンピラ達を挑発し、さも銃を抜くように見せかけて彼らに先に発砲させる。
ウォルトは死にます。丸腰の人間を撃ったという事で、チンピラ達は逮捕され重い刑に処せられる事が暗示されます。
ウォルトは自分の命を犠牲にして、モン族の一家の平和を守ったのです。
もうこれしかないというラストです。すばらしいラストだし感動的でもある。
それはよくわかるのですが、僕はどうにも引っかかる部分がありました。
最後に主人公が暴力で解決するはずはない。暴力で暴力を押さえるような映画を、今のイーストウッドが撮るはずがない。だとしたら結末は自己犠牲しかないはずだ。だけど、それで暴力の連鎖はおさまるのか。理不尽な暴力をふるう者にとって、一人の老人を殺すことくらいで、次の暴力への抑止力となるのだろうか。イーストウッドはどんな解決策を提示してくれるのだろうか。
そんな風に思いながらクライマックスを観ていました。
ですが、僕の疑問には映画ははっきりとは答えてくれませんでした。
捕まったチンピラ達は、誰一人悔い改めた顔をしないまま逮捕されます。長い刑にはなるだろうが、いずれ彼らは刑務所から出てきます。その時、再び彼らが一家を襲わないという保証はありません。少なくとも映画は、そんな風に安心できる撮り方はしていない。チンピラ達はかけつけた青年達の方を睨み付けるような表情で、パトカーに押し込まれていきます。
出所の頃には、青年が彼らに屈しないような男に成長しているから大丈夫だということなのでしょうか。
僕は、一生懸命、暴力の連鎖は断ち切られたことを示す要素を探し続けました。
ウォルトが射殺された現場に駆けつけ、若い警官に事情を聞こうとした青年は、最初相手にされないが、モン族の言葉で話しかけると彼も同じ言葉で状況を教えてくれるというシーンがあります。警官もモン族だったのです。
「そうか。青年も警官になる可能性はあるのか。それなら出所してきた彼らの復讐に対抗できるかもな」とも思いました。
ラストシーンで、青年はウォルトが大切にしていたグラン・トリノを譲り受けます。ウォルトの愛犬を乗せ笑顔で海岸沿いの道路を走らせるシーンで映画は終わります。
ウォルトの魂を引き継いだ青年は、彼のようにタフに生きていけるという暗示なのでしょうか。
そうあって欲しいと願いながら、なんだか重い宿題を渡された気がしています。
でも、こうやって書きながら、どんどんもう一度観たくなっています。
今度観た時は、この宿題の解法が少しは見えてくるのでしょうか。
観た人間がみんな「素晴らしかった」と言っているのに今更僕が言葉を重ねるのも野暮な気がしますが、それでも個人的な思いを吐きたくなる、そんな映画です。
ラストまでネタバレしますので、それがお嫌いな方は読み飛ばして下さい。
俳優としてのイーストウッドの熱烈なファンだったと言うわけではありません。 それでも『戦略大作戦』、『続・夕陽のガンマン』『荒野のストレンジャー』『マンハッタン無宿』『ダーティハリー』『ペイルライダー』『許されざる者』と、好きな作品は山ほどあります。
『ローハイド』というテレビドラマからマカロニウエスタンと、決してハリウッドの本流ではないキャリアでスターになったアクション俳優が、いつの間にか監督としても名を上げ、今やハリウッドでも数少ない"良識ある映画人"になったなあと感じるくらいには、リアルタイムで彼の作品に接してきたのではないかと思っています。
『グラン・トリノ』は、素晴らしい映画です。
個人の贖罪(しょくざい)と再生をテーマにしながらも、アメリカの現在を描いています。
イーストウッドが演じる頑迷で保守的な主人公ウォルト・コワルスキーに、ハリー・キャラハンの老いた姿を重ねる往年のファンも多いでしょう。
役者も監督もホンもいい。誰かに熱く語りたくなる映画です。
しかしその反面、ラストをどうとらえたらいいのか戸惑っている自分もいました。
少し順を追って話します。
冒頭、自分の妻の葬式に来るだらしない孫達の姿を苦虫を噛み潰した様な表情で睨(にら)み付けるウォルトを見ただけで、彼がどんな人物かわかります。
パンフレットから引用すれば"自分だけの正義"を持ち"それから外れるものは、何もかも許せない頑固で偏屈な男"。
自分の住む町が、不況により移民が増え、いつの間にかメキシコ人や黒人やアジア人達が主流になっていることを苦々しく思っている。
それが隣人のモン族の一家と触れ合う事で変わっていきます。
この辺のユーモラスな描写は意外でした。もっとシリアスな描写が多いかと思っていたのですが、善意のモン族に戸惑う主人公をイーストウッドは実にうまく演出し演じています。
内向的なモン族の青年に男としての自立を促すことが、彼自身にも影響を与える。
ですが、この触れあいは苦い結末を迎えます。
モン族の青年が同族のチンピラ達につきまとわれている事を知ったウォルトは、彼らを襲い「二度と手を出すな」と痛めつける。
そして、これが新しい暴力を呼ぶ。
隣人の家はチンピラにより銃撃され、青年の姉は彼らに拉致されレイプされてしまう。
チンピラ達を一掃しないと隣家に平穏な日々が来ない事を悟ったウォルトは、復讐に行くとはやる青年を置いて、一人チンピラ達の住処に乗り込んでいきます。まるでダーティハリーのように。
ですが、彼は丸腰でした。
チンピラ達を挑発し、さも銃を抜くように見せかけて彼らに先に発砲させる。
ウォルトは死にます。丸腰の人間を撃ったという事で、チンピラ達は逮捕され重い刑に処せられる事が暗示されます。
ウォルトは自分の命を犠牲にして、モン族の一家の平和を守ったのです。
もうこれしかないというラストです。すばらしいラストだし感動的でもある。
それはよくわかるのですが、僕はどうにも引っかかる部分がありました。
最後に主人公が暴力で解決するはずはない。暴力で暴力を押さえるような映画を、今のイーストウッドが撮るはずがない。だとしたら結末は自己犠牲しかないはずだ。だけど、それで暴力の連鎖はおさまるのか。理不尽な暴力をふるう者にとって、一人の老人を殺すことくらいで、次の暴力への抑止力となるのだろうか。イーストウッドはどんな解決策を提示してくれるのだろうか。
そんな風に思いながらクライマックスを観ていました。
ですが、僕の疑問には映画ははっきりとは答えてくれませんでした。
捕まったチンピラ達は、誰一人悔い改めた顔をしないまま逮捕されます。長い刑にはなるだろうが、いずれ彼らは刑務所から出てきます。その時、再び彼らが一家を襲わないという保証はありません。少なくとも映画は、そんな風に安心できる撮り方はしていない。チンピラ達はかけつけた青年達の方を睨み付けるような表情で、パトカーに押し込まれていきます。
出所の頃には、青年が彼らに屈しないような男に成長しているから大丈夫だということなのでしょうか。
僕は、一生懸命、暴力の連鎖は断ち切られたことを示す要素を探し続けました。
ウォルトが射殺された現場に駆けつけ、若い警官に事情を聞こうとした青年は、最初相手にされないが、モン族の言葉で話しかけると彼も同じ言葉で状況を教えてくれるというシーンがあります。警官もモン族だったのです。
「そうか。青年も警官になる可能性はあるのか。それなら出所してきた彼らの復讐に対抗できるかもな」とも思いました。
ラストシーンで、青年はウォルトが大切にしていたグラン・トリノを譲り受けます。ウォルトの愛犬を乗せ笑顔で海岸沿いの道路を走らせるシーンで映画は終わります。
ウォルトの魂を引き継いだ青年は、彼のようにタフに生きていけるという暗示なのでしょうか。
そうあって欲しいと願いながら、なんだか重い宿題を渡された気がしています。
でも、こうやって書きながら、どんどんもう一度観たくなっています。
今度観た時は、この宿題の解法が少しは見えてくるのでしょうか。

2012/02/10 05:46:22
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2012/02/09 23:46:43
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2012/01/29 10:05:02
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2012/01/23 10:20:44
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2012/01/22 14:19:12
16、「年賀状」考
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