朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2008年10月30日

東京

かつて、わたしは「東京」を誤解していた。

地方在住者だったからかもしれないし、世代的なものもあるかもしれない。

1960年生まれである。おそらくテレビにお守(も)りをされて育った最初の子どもたちのひとりだろう。テレビは、わたしが物心ついたときから日常的に触れていた情報媒体だった。新しくて、いかしていた。

そのテレビのよく映していたのが「東京」だった。テレビ局が東京にあるからだ。「そこ」はとても愉しそうだった。「ここ」とはまったくちがう世界だった。

ああ、東京の子どもだったらなあ! とため息をついたことなら何度もある。そしたら、「おはよう! こどもショー」や「ロンパールーム」に出られるのになあ!

どちらもわたしが熱狂した子ども向け番組だった。

「おはよう! こどもショー」は、キューピーちゃん、ビンちゃんと名乗る男女が毎朝元気いっぱいでMCを務めた。両者のキャッチフレーズは「おでこポンポコピーのコッキコキーのキューピーちゃん」と、「土瓶の花瓶のビビンのビンちゃん」だったと思うが定かではない。ビンちゃんは牛乳瓶とか一升瓶とかいろいろいっていたような気がする。マスコットキャラクターはロバくんだ。そんでもって敵役はガマ親分。

かれらの周りにはいつもたくさんの子どもたちがいた。キューピーちゃんやビンちゃんやロバくんたちと一緒に歌ったり、体操をしたり、ゲームをしていた。

「ロンパールーム」も然りだ。みどりお姉さんとギャロップ(先端が馬の頭になっている、やや長い棒状のものをまたに挟んで跳ね回る)というあそびをしたり、頭に載せたカゴを落とさないよう注意しながらしずしずと歩行するあそびなんかをやっていた。

もちろんみどりお姉さんは、「さあ、みんなで、お馬さんに乗ってギャロップしましょう」と、テレビの前のお友だちに呼びかけてくれた。文字通りテレビの前にべったりと座っていたわたしは、みどりお姉さんの言葉にすかさず呼応した。あたふたと箒(ほうき)を持ってきてはまたに挟んだり、水切り用のザルを持ち出しては頭に載せたものだった。

とはいえ、わたしは幼いながらも自分が用いているそれらが代用品であることを知っていた。これがわたしをさみしくさせた。わたしがもしも東京の子どもであったなら、きっと本物のギャロップができるのだろうし、ビンちゃんと声を合わせて「ビンちゃんのうた」を歌えるのだろうし、ロバくんにまとわりついてちょっと邪険にされ、照れ笑いを浮かべたりもできるのに、とそう思った。

この思いはけっこう長くつづいた。わたしが東京の女の子だったら、まちでばったり南沙織と会えるかもしれない、という方向への変化はあったが。

小学校高学年くらいから芸能人を見かけてみたくなった。テレビでよく知っているひとを、実際に目にした経験を、大人たちは「だれそれの実物(じつぶつ)を見た」とうれしそうに語っていた。

当時住んでいたのは小樽だった。小樽時代にわたしが見た初めての芸能人は三沢あけみ(代表曲「島のブルース」)とバーブ佐竹(同「女心の唄」)だ。市民会館に歌謡ショーを観に行ったのだった。

たいへん興奮した。おめかしに余念がなかった。少なくとも、漫画映画を観に行くときより気合が入った。わたしは確かとっておきのワンピースを着込み、白いタイツをはいた。二本手の小さなバッグもむろん持った。マーガレットの造花がついた白いやつだ。帽子もかぶったかもしれないし、エナメルの靴が入った箱を下駄箱の上のほうからそうっと出したかもしれない。

浮き浮きしながらも、若干の敗北感はぬぐえなかった。「東京」に住んでいないから、お金を出してきっぷを手に入れ、その上おしゃれしなければ「実物」を見ることができないんだ、きっと。

テレビに出るひとと東京に住むひとをいっしょくたにして考えていたふしもあった。東京から引っ越してきたご近所さんは一家そろって話し方がテレビとおんなじで、かれらもまたわたしにとっては「実物」だった。

問答無用で垢抜けて見えたのだった。あんなふうになりたいと考えて、たとえば味噌汁を我が家ではおつゆといっていたのだが、それを今後はおみおつけといおうと決めたこともあった。「東京」に関わるなにもかもをありがたいと思うようなところがあったのだった。

その感覚は、いまはずいぶんと薄れた。上京する機会も増えた。とはいえ、たまに「そこ」にしかいない「実物」と出会うと、「東京」ってやっぱりすごいなあと感嘆する。南沙織さんはまだ見かけていないが、いつばったり会ってもよい心の準備は小5のときからできている。

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