朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2008年11月10日

出不精

オットもわたしも出不精で、仕事以外ではほとんど外に出ない。

大抵、家のなかでじっとしている。テレビを観たり、ごはんをたべたり、お酒をのんでは、「しかし、なんだねえ」とか「どうなのよ、最近」と比較的無意味な会話をして、にやにやしている毎日である。

とはいえ、オットの「外出したがらなさ」はすごい。かれが自主的なのは勤め先と散髪に行くことだけだ。

まあ、わたしも普段出かける先といえばスーパーかコンビニか美容室くらいのものなので大きな口はきけないのだが、ときどきは交通機関を使ってデパートまで遠征するのだからオットよりましだと思う。ショッピングはやはり愉しい。たとえ買えなくても、きれいなものや素敵なものは、ながめるだけで心が弾む。

しかし、この気持ちはオットと共有できない。かれは買い物が苦手で、そして、きらいなのだ。オットの出不精の最大の理由がここにある。

結婚してしばらくは、スーパーくらいにはオットも付き合ってくれた。休日にかぎられるが、米や瓶モノなどの重たい食材を、かれは軽々と運んでくれた。男らしいと思ったものだ。

しかし、その習慣もいつしか途絶えた。わたしのせいだ。休日にも仕事をするようになったからだ。

もともとオットの休日には、わたしも最小限の家事しかしない方針を立てていた。専業主婦だったし、夫婦ふたりの生活だからできたことだ。食事もごく簡単なものしか作らなくてよかった。どんなに手抜きをしても、「休日」という名目があるのだから平気である。

そうこうするうちにオットも食事を作り始めた。スパゲティだ。

料理をたしなむ男性は、レパートリー拡大に邁進するタイプと、カレーならカレー、ラーメンならラーメンいうふうに、ひとつに絞り込むタイプとに分かれると聞いたことがある。オットは後者のタイプだった。スパゲティひと筋になっていった。

かれが「絞り込む」タイプになった分岐点とでもいうべき瞬間を覚えている。

「ぼく、カルボナーラを作ってみたいんだけど」

生クリームを買ってきてくれませんか、と、ある日、遠慮がちにいってきたのである。それまでは茹で上がった麺に市販のソースをかけたり、ウインナや野菜とともに炒めたりするだけで悦に入っていたのに。

話をもとに戻す。つまり、オットが休みのときはわたしも休むという図式が、結婚後わりと早い段階で成立していたのだった。この図式の一部がいまも残っているというわけだ。

家事をしなくてよく、食事の仕度の心配をしなくてよい二日間は仕事がはかどる。つい一日中ノートパソコンに向かってしまう。スーパーまで買い出しに行く気になれない。

オットはひとりでメジャーリーグの試合を観たり、ビールをのんだり、スパゲティを作ってたべたり、昼寝したりしている。休日の食事の時間は夫婦ばらばらだ。これもわたしのせい。仕事でひと区切りつくのが何時になるのか自分でも分からないからだ。だから休日のわたしたちは、同じ家に住みながら独り暮らしをしているようなのだ。

ただし、ひえびえとした空気はまったくない。手洗いから出てきたドアの前や、コーヒーのおかわりをカップに注ごうと立った台所で行き会うと、ハグなんぞをする。

休日に、オットとスーパーに行かなくなったので、米も瓶モノもわたしがひとりで調達しなければならなくなった。通販という便利なシステムに頼って凌いでいる。でも、うっかりすることがある。人間だもの。つい切らしてしまうことだってある。

さあ、そんなときこそ、買い物ぎらいのオットは本領を発揮する。わたしが「買い物に行こう」という前に、「ビールのんじゃったから(運転はできない)」と先手を打ってくる。話が買い物の方向に進んでいると察したとたん、急いでビールをのみ始めたりする。

スーパーでさえそうなのだから、デパートはいわずもがなだ。出かけるまでのひと悶着タイムもけっこう長いのだが、行ったら行ったで面倒な事態になる。

まず、かれは人波に酔う。顔色がわるくなり、足がふらつき、か細い声で「......だめかもしれない」と呟くのは、デパート到着から早くて15分後だ。スーツやズボンなど、自分の買い物なら30分以上は保つのだが、60分は無理だろうというのがわたしの読みだ。

たとえ「自分の買い物」であっても、かれは積極性を見せない。あれこれ勧める愛想のいい店員さんのトークに柔軟な対応ができないらしく、わたしにちらちらと視線を送ってくる。まさに、すがるような目というやつなのだ、これが。その場に居合わせた全員がいたたまれない気分になるような。

そこで店員さんはわたしに向かって、「こちらなんかいかがでしょう?」と、たとえばシングルのジャケットを見せてくる。「これ、いいみたいよ」とわたしは店員さんの差し出すジャケットを指さし、オットにいう。「これはちょっと......」とオットがわたしに小声でいい、わたしは店員さんに「べつなもの、あります?」と訊く。こんな具合にオットの買い物は展開するのだった。

結婚当初、休日のたびに一緒にスーパーに行っていたのは、オットにしてみたら最大限の気遣いだったにちがいない。たぶん、無理をしていたのだろう。

スーパーにはとんとご無沙汰になったが、コンビニにはときどき連れ立って行く。夜が多い。ビールなんかが入った重たい袋を、かれは軽々と持ってくれる。「重たくない?」と訊くと、「ぜんぜん」と答える。

晴れた夜空だったら、月や星がよく見える。手をつなぐこともある。結婚九年目。わたしたちが手をつないで歩くのは、こんなときくらいになった。だから、わたしは口笛を吹きたくなる。オットの横顔を窺うと、かれもそんな口もとをしている。じつは、ふたりとも口笛は吹けないのだが、そんな気分になるんです、ということで、どうかご勘弁いただきたい。

 

kasumi asakura , 朝倉かすみ

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