朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2008年12月30日

年末その3

押し詰まってまいりました、と書きたいところだが、気分がでない。この原稿を書いているのが24日だからだろう。そして仕事が終わっていないからだろう。先ほど、短編の納期を延ばしてもらった。申し訳ない。

年末準備の状況は前回となにひとつ変わっていない。できあがった年賀状を取りに行くことすらしていないのだ。当然、宛名書きを頼むはずのマダム香川(友人)にも連絡を入れていない。マダム香川だって主婦であるから、12月下旬にもなって他人の年賀状の宛名書きはしたくなかろう。わたしだって気がひける。マダム香川とは長い付き合いだが、親しき仲にも礼儀あり、だと思う。

免許更新も、使い捨てコンタクトレンズの購入に出かけるのも、夢のまた夢という感じだ。わたしの年末準備は完全に頓挫している。頓挫とは、⑴勢いが途中でにわかに弱くなること、⑵事業・計画などが途中で急に駄目になること、だ。胸に沁み入るような解説文である。その通りだよ、大辞林。

さて、そんななか、わたしは温泉に行きたくてならない。お風呂に入って、呑んで、たべて、寝て、という行為をエンドレスで繰り返したい気持ちでいっぱいだ。できれば、露天風呂付きの部屋がいい。大浴場と小さな露天風呂を気分次第で王さまのように使い分けるのだ。食事はもちろん部屋でとる。海の幸、山の幸にこれでもかというほど舌鼓を打ちたい。いっそエステも堪能したい。

というわけで温泉ホテルを検索してみた。検索ワードは「北海道 客室露天風呂」だ。心惹かれるホテルはいくつかあったが、ノイシュロス小樽をいいと思った。小樽ならJRの快速で40分もかからずに行ける。いや、「行く」のではなく「帰る」のだ。そんな感覚がある。小樽はわたしのホームタウンだ。春日台(かすがだい)というバス停留所付近に住んでいた。『タイム屋文庫』(という小説)の舞台にしたあたりである。地形と橋の名前しか活かされていないが、わたしの、いちばん、懐かしい場所だ。

くだんのホテルは祝津(しゅくつ)にあるという。祝津もまた、わたしにとっては懐かしい場所だった。水族館がある。夏が近づくころ、そこに出かけて行くのは我が家の恒例行事だったのだ。

トドのダイビングショーを見物するのと、アザラシに餌をやるのが大好きだった。水族館の近くにある食堂の店先では貝や魚を焼いていて、あつあつのツブにお醤油をじゅっと垂らしてたべるのも好きだった。

わたしの記憶では、ひとり乗りリフトが併設されていた。風を受けながら、みどり色の丘を登っていったものだった。振り返って見るたびに、海を走る白いヨットが小さくなっていった。そのリフト終点より、くだんのホテルは高いところにあるらしい。

さらにくだんのホテルにはエステルームも完備されている。そのうえ全室オーシャンビューだ。真冬の日本海をながめながら、2009年の野望をお腹のなかでたぎらせるのも一興かと。ためしに「予約・空室状況」をクリックしてみて驚いた。空室があるじゃないの。しかも今日。イブなのに。明日も明後日も空いているから連泊が可能だ。27日に忘年会の予定が入っているので、その日までに帰ってくればいい気運がぐっと高まる。

JR小樽駅から送迎もしてくれるというのだから、ありがたい話だった。この原稿を書き上げて、簡単に仕度をしたら、15時発の便に余裕で間に合う。もちろん、書きかけの短編があるのは忘れていない。しかし、わたしは自宅以外でも書けるタイプなので、問題はないと思う。根拠はないが、場所を替えて、温泉のひとつも入ったほうが、すいすい書ける気がして仕方ない。

あ、でも、ふたり以上じゃないと宿泊できないのか。平日だからオットに仕事を休ませるわけにもいかないしなあ。じゃあ、だれと行こう? 24日から一緒に3連泊してくれそうなひとってだれだ、と考えて、ここが『夫婦一年生』(という小説)のころとはちがうんだよな、と息をついた。なにをするのでもオットの予定を優先したものだ。日程が合わなければ、わりとすぐにあきらめた。

いやいや、その前に片付けたい案件がある。わたしは自宅以外でも書けるタイプだが、そばにひとがいると書けないので、ふた間以上ある部屋が必要なのだ、ってあるじゃないか、ロイヤルスイートルーム。リビングと寝室が分かれている。一泊四万円だが背に腹は代えられない。しかも4名まで宿泊可能だ。

よかった。ふたりで泊ったら、わたしが仕事をしているあいだ、残されたひとりはちょっとつまらないものね。4人いたら、3人でわいわいやれる。早速一緒に泊るひとのリストアップにかかろうとしたら、苦笑が浮かんだ。わたしのことだ。仕事もせずに友人たちとあそびほうけてしまうだろう。

書きかけの短編は『田村はまだか』(という小説)の初出誌に掲載予定のものである。『田村はまだか』といえば、先日会ったひとが「『田村』、読んでみたけど、田村、田村って書いてあるわりに、田村、なかなか出てこないから、途中で読むのをやめちゃった」といっていた。

めんとむかって「読むのをやめた」といわれたのは初めてだった。最後まで読ませる力を持った小説を書きたいと胸のうちでこぶしを握りしめた、あの感触を忘れてはいかんぞ、自分。

掃除して、洗濯して、買い物に出かけて食材を用意したら、夕食を作ろう。そのあとまた仕事をしよう。「愉しみたいとか、愉しまなきゃと言葉で思う手前の、いま、このときに、愉しみごとがあるとも思う」と『エンジョイしなけりゃ意味ないね』(という小説)に書いた。

今年もお世話になりました。よいお年をお迎えください。

kasumi asakura , 年末 , 朝倉かすみ

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