沖縄旅行
沖縄にいる。暑い。昼すぎに着いて、ソーキそばをたべた。今夜は古民家に泊まる予定だ。那覇市内から移動している最中である。この原稿は車のなかで書いている。
同行者は3名だ。明日の日食を見にきた。ほんとうは皆既日食を拝みたかったのだが、月が太陽を完全に覆い隠すさまを観測できる地域の宿は、今年一月の時点でほぼ満室だった。取れないこともなかったが高額だった。
そこで沖縄に白羽の矢を立てたのだった。部分日食にはちがいないが、九割方隠れるのでかなり深い日食だ。それに沖縄には美(ちゅ)ら海水族館がある。一度は行ってみたいと思っていた。世界最大級の水槽と、そのなかを泳ぐジンベイザメをこの目で見たい。
とにかくとても愉しみにしていて、沖縄旅行前には当座の仕事をぜったい終わらせるんだと意気込んでいた。でも終わらせることができなかった。ゆえに仕事を持って沖縄入りする羽目に陥った。同行者たちは楽しそうにお喋りしている。すやすやと寝息を立てるひともいる。そんななか、わたしだけがノートパソコンを膝に載せ、仏頂面で仕事をしているというこの状況。まことにもって遺憾である。
そして、先ほど、古民家に到着した。車中で仕上げられなかったので、つづきを古民家で書いている。同行者たちはビールをのんでから、海に出かけた。はっきりいってうらやましい。
わたしがちゃんとしてさえいれば、こんなことにはならなかったのに、というのは便利な表現だ。反省している印象をあたえることができるうえにおさまりもいい。むしろ「おさまり」を重視した書き方のような気がする。
これまでの人生を一瞬で振り返ってみたところ、あらゆるシーンにおいて、わたしが「ちゃんと」していたことはほとんどない。そのたび臍(ほぞ)をかんでいる。反省もしている。
なのに、なぜ繰り返すのか、ということを、このさい、じっくり考えてみたい。
そんなことは家で考えればいいではないかとわたしも思う。少なくとも沖縄の古民家で考えることではあるまい。
ちょっと前、同行者たちが帰ってきた。海では貝殻を拾ったり、写真を撮ったりしていたらしい。シャワーを浴びて、汗を流し、着替えもすませた模様である。夕食に出かける時間が近づいているのだった。ひとりだけシャワーも浴びずに食事に出かけるのはいやだ。でもこのままだとそうなってしまう。八時の予約だから、あと七分しかない。
付け加えれば、締め切りもすぎている。わたしは一刻も早くこの原稿を仕上げなければならないのだ。それに大きな声ではいえないが、締め切りをすぎている原稿はあともう1本あって、きょうじゅうにお送りしますと約束しているのだ。
つまり、じっくり考えごとをするタイミングではないのである。でも、考えたい。
大辞林によると「ちゃんと」は「完全できちんとしているさま」のことだ、とここまで書いたところで食事の時間になった。
いま、帰ってきた。島らっきょうとか海ぶどうとかアグー豚の陶板焼きなどを食してきた。ものすごく美味しかった。オリオンビールも一杯だけのませてもらった。
同席した五人家族は、おとうさんとおかあさんと三人姉妹という構成で、末娘は子犬の鳴き真似が上手だった。本物かと思った。そういったら、末娘は恥ずかしがって、テーブルの下にもぐり込んでしまった。
現在、同行者たちはお酒をのみながら(どういう流れでそうなったのか分からないけど)家電製品の取扱説明書について話をしている。ちがう部屋で、わたしは、自分がなぜ「ちゃんと」できないのか考えている。大辞林のいうように「ちゃんと」が「完全できちんとしているさま」であるならば、「ちゃんと」できるひとなんてそうそういないはずと気づいたところだ。
でも、もしかしたらわたしはそれをうすうす知っていて、はなから「ちゃんと」できるなんて思っていなくて、だから、ほぞをかんだり反省するだけである程度満足するのかもしれない。
ゆえにいつまでたっても「ちゃんと」できないのだ。「ちゃんと」できるようになるにはどうしたらいいのかも考えたほうがいいだろう。たとえ、「ちゃんと」できるひとなんてそうそういないはずだとしても、最初からあきらめないようにしたい。
そんな沖縄旅行1日目。これから小説を書く。
同行者は3名だ。明日の日食を見にきた。ほんとうは皆既日食を拝みたかったのだが、月が太陽を完全に覆い隠すさまを観測できる地域の宿は、今年一月の時点でほぼ満室だった。取れないこともなかったが高額だった。
そこで沖縄に白羽の矢を立てたのだった。部分日食にはちがいないが、九割方隠れるのでかなり深い日食だ。それに沖縄には美(ちゅ)ら海水族館がある。一度は行ってみたいと思っていた。世界最大級の水槽と、そのなかを泳ぐジンベイザメをこの目で見たい。
とにかくとても愉しみにしていて、沖縄旅行前には当座の仕事をぜったい終わらせるんだと意気込んでいた。でも終わらせることができなかった。ゆえに仕事を持って沖縄入りする羽目に陥った。同行者たちは楽しそうにお喋りしている。すやすやと寝息を立てるひともいる。そんななか、わたしだけがノートパソコンを膝に載せ、仏頂面で仕事をしているというこの状況。まことにもって遺憾である。
そして、先ほど、古民家に到着した。車中で仕上げられなかったので、つづきを古民家で書いている。同行者たちはビールをのんでから、海に出かけた。はっきりいってうらやましい。
わたしがちゃんとしてさえいれば、こんなことにはならなかったのに、というのは便利な表現だ。反省している印象をあたえることができるうえにおさまりもいい。むしろ「おさまり」を重視した書き方のような気がする。
これまでの人生を一瞬で振り返ってみたところ、あらゆるシーンにおいて、わたしが「ちゃんと」していたことはほとんどない。そのたび臍(ほぞ)をかんでいる。反省もしている。
なのに、なぜ繰り返すのか、ということを、このさい、じっくり考えてみたい。
そんなことは家で考えればいいではないかとわたしも思う。少なくとも沖縄の古民家で考えることではあるまい。
ちょっと前、同行者たちが帰ってきた。海では貝殻を拾ったり、写真を撮ったりしていたらしい。シャワーを浴びて、汗を流し、着替えもすませた模様である。夕食に出かける時間が近づいているのだった。ひとりだけシャワーも浴びずに食事に出かけるのはいやだ。でもこのままだとそうなってしまう。八時の予約だから、あと七分しかない。
付け加えれば、締め切りもすぎている。わたしは一刻も早くこの原稿を仕上げなければならないのだ。それに大きな声ではいえないが、締め切りをすぎている原稿はあともう1本あって、きょうじゅうにお送りしますと約束しているのだ。
つまり、じっくり考えごとをするタイミングではないのである。でも、考えたい。
大辞林によると「ちゃんと」は「完全できちんとしているさま」のことだ、とここまで書いたところで食事の時間になった。
いま、帰ってきた。島らっきょうとか海ぶどうとかアグー豚の陶板焼きなどを食してきた。ものすごく美味しかった。オリオンビールも一杯だけのませてもらった。
同席した五人家族は、おとうさんとおかあさんと三人姉妹という構成で、末娘は子犬の鳴き真似が上手だった。本物かと思った。そういったら、末娘は恥ずかしがって、テーブルの下にもぐり込んでしまった。
現在、同行者たちはお酒をのみながら(どういう流れでそうなったのか分からないけど)家電製品の取扱説明書について話をしている。ちがう部屋で、わたしは、自分がなぜ「ちゃんと」できないのか考えている。大辞林のいうように「ちゃんと」が「完全できちんとしているさま」であるならば、「ちゃんと」できるひとなんてそうそういないはずと気づいたところだ。
でも、もしかしたらわたしはそれをうすうす知っていて、はなから「ちゃんと」できるなんて思っていなくて、だから、ほぞをかんだり反省するだけである程度満足するのかもしれない。
ゆえにいつまでたっても「ちゃんと」できないのだ。「ちゃんと」できるようになるにはどうしたらいいのかも考えたほうがいいだろう。たとえ、「ちゃんと」できるひとなんてそうそういないはずだとしても、最初からあきらめないようにしたい。
そんな沖縄旅行1日目。これから小説を書く。

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