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ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <47>
水曜日、私は『のんある』の前まで行って、足を止めた。
いつもなら温かく灯っているはずの看板が、点いていない。かといって臨時休業の貼り紙もない。
もう、今日で3日目だった。
でも、昨日私が店のドアに挟んでおいた手紙は、なくなっていた。桃奈(ももな)さんが目を覚ましたことについて教えておいたのだ。
彼女が目を開いたことを伝えると、看護師がわらわらと桃奈さんを取り囲み、何やら検査が始まった。まもなく彼女は再び目を閉ざしてしまったけれど、病院にとってもそれは大きな変化だったらしい。
大賀(たいが)が今晩も店を休みにしているのだとしたら、よほどのことがあったのかもしれない。ずっと付き添っていなくてはならない状態なのだろうか。
気になって、今日の午前中病院に寄ってみた。けれど、大賀の姿はなかった。桃奈さんは静かに眠っていた。けれどそっと手を握ると熱く、そしてパジャマも布団も汗でうっすら湿っていた。熱があった。
また看護師さんが飛んできて、桃奈さんを着替えさせた。見てはいけない気がして、その間、私は席を外していた。彼女の身体は寝てばかりとはいえ、若いからかつやつやと輝いていた。つるっと剥けた肩のラインが眩しくて、同じ女性だけれど正視できなかった。
桃奈さんに何が起きたのか、わからない。
ただ、彼女の身体が熱くなり、何らかの活動を始めたということは、わかる。彼女のパジャマは、彼女が生きている証であるかのように、うっすらと汗で濡れていた。
「びっくりしちゃったよ」
病室で二人きりになると、私は彼女に話しかけた。
「大賀くんにも、目を開いてあげた? 彼、喜ぶと思うよ」
「......」
桃奈さんは、今までと変わらぬ感じで、バラ色の頬(ほお)のまま、眠り続けていた。長いまつ毛すらも、ぴくりとも動かなかった。
「早くお熱が下がるといいね」
私はそれだけ言って、病院を出て、バスに乗った。
外は半袖の人たちの数のほうが多かった。
もうすぐ、夏が来るのだ。
この間大賀が食べさせてくれたおもゆがなかったら、私は夏を乗り越えられたか、わからない。身体に異常は出ていなかったけれど、地に足がついていないような不安定感が常にあったから、炎天下では歩くことが困難だったかもしれない。
駅でバスを降りると、駅前の繁みのアジサイの花が大きくなり始めているのにも気がついた。季節はいつものように、春が過ぎ、夏を迎えようとしている。誰かが体調を崩していても、誰かが眠れなくても食べられなくても、公平に、新しい季節は巡って来るのだ。
私が玄米の薄いおかゆだけでも啜(すす)れるようになってきたように、桃奈さんにも玄米の奇跡が起きているのだろうか。
元気になってほしい。
でも......そうしたら大賀はどうなるだろう。
彼女と暮らしていくのだろうか。
きっとそうなる気がした。
彼ならきっとそうするだろう。
そうなったら私は、今までどおり『のんある』に通えるだろうか。ゆりさんも、通うだろうか。
駅の改札からは、昼どきということもあり、ややまとまった人数が出てきた。
その中に、私は、見慣れた横顔を見つけた。
「......横山さん」
ひとりで、うつむいたままのろのろと歩いている彼女は、とても元気そうには見えなかった。私の声に気づいたのか気づいていないのか、地面を見つめながら、背を丸めて進んでいく。
放っておくことができなくて、近づいて、彼女の横に並び、もう一度、声をかけた。
「......あ」
彼女は顔を上げ、なぜだか申し訳なさそうな顔で私を見た。
「こんにちは。なにか......あったんですか?」
夜、ドリンクを飲みながら深い話をした仲なので、街でバッタリ会った時でも、私たちの間には、信頼のようなものが流れていた。
そして横山さんの顔は、ふっとゆるみ、
「ちょっとね、いろいろあって」
とだけ言った。
その後すぐに、苦しそうに顔を歪(ゆが)めた。
「いろいろ......ありすぎて」
「大丈夫ですか?」
こんなつらそうな横山さんは、初めてだった。今までどんなに悲しい話をしても、最後には微笑んでいられる人だったのに。
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(毎週月曜日、木曜日更新)
いつもなら温かく灯っているはずの看板が、点いていない。かといって臨時休業の貼り紙もない。
もう、今日で3日目だった。
でも、昨日私が店のドアに挟んでおいた手紙は、なくなっていた。桃奈(ももな)さんが目を覚ましたことについて教えておいたのだ。
彼女が目を開いたことを伝えると、看護師がわらわらと桃奈さんを取り囲み、何やら検査が始まった。まもなく彼女は再び目を閉ざしてしまったけれど、病院にとってもそれは大きな変化だったらしい。
大賀(たいが)が今晩も店を休みにしているのだとしたら、よほどのことがあったのかもしれない。ずっと付き添っていなくてはならない状態なのだろうか。
気になって、今日の午前中病院に寄ってみた。けれど、大賀の姿はなかった。桃奈さんは静かに眠っていた。けれどそっと手を握ると熱く、そしてパジャマも布団も汗でうっすら湿っていた。熱があった。
また看護師さんが飛んできて、桃奈さんを着替えさせた。見てはいけない気がして、その間、私は席を外していた。彼女の身体は寝てばかりとはいえ、若いからかつやつやと輝いていた。つるっと剥けた肩のラインが眩しくて、同じ女性だけれど正視できなかった。
桃奈さんに何が起きたのか、わからない。
ただ、彼女の身体が熱くなり、何らかの活動を始めたということは、わかる。彼女のパジャマは、彼女が生きている証であるかのように、うっすらと汗で濡れていた。
「びっくりしちゃったよ」
病室で二人きりになると、私は彼女に話しかけた。
「大賀くんにも、目を開いてあげた? 彼、喜ぶと思うよ」
「......」
桃奈さんは、今までと変わらぬ感じで、バラ色の頬(ほお)のまま、眠り続けていた。長いまつ毛すらも、ぴくりとも動かなかった。
「早くお熱が下がるといいね」
私はそれだけ言って、病院を出て、バスに乗った。
外は半袖の人たちの数のほうが多かった。
もうすぐ、夏が来るのだ。
この間大賀が食べさせてくれたおもゆがなかったら、私は夏を乗り越えられたか、わからない。身体に異常は出ていなかったけれど、地に足がついていないような不安定感が常にあったから、炎天下では歩くことが困難だったかもしれない。
駅でバスを降りると、駅前の繁みのアジサイの花が大きくなり始めているのにも気がついた。季節はいつものように、春が過ぎ、夏を迎えようとしている。誰かが体調を崩していても、誰かが眠れなくても食べられなくても、公平に、新しい季節は巡って来るのだ。
私が玄米の薄いおかゆだけでも啜(すす)れるようになってきたように、桃奈さんにも玄米の奇跡が起きているのだろうか。
元気になってほしい。
でも......そうしたら大賀はどうなるだろう。
彼女と暮らしていくのだろうか。
きっとそうなる気がした。
彼ならきっとそうするだろう。
そうなったら私は、今までどおり『のんある』に通えるだろうか。ゆりさんも、通うだろうか。
駅の改札からは、昼どきということもあり、ややまとまった人数が出てきた。
その中に、私は、見慣れた横顔を見つけた。
「......横山さん」
ひとりで、うつむいたままのろのろと歩いている彼女は、とても元気そうには見えなかった。私の声に気づいたのか気づいていないのか、地面を見つめながら、背を丸めて進んでいく。
放っておくことができなくて、近づいて、彼女の横に並び、もう一度、声をかけた。
「......あ」
彼女は顔を上げ、なぜだか申し訳なさそうな顔で私を見た。
「こんにちは。なにか......あったんですか?」
夜、ドリンクを飲みながら深い話をした仲なので、街でバッタリ会った時でも、私たちの間には、信頼のようなものが流れていた。
そして横山さんの顔は、ふっとゆるみ、
「ちょっとね、いろいろあって」
とだけ言った。
その後すぐに、苦しそうに顔を歪(ゆが)めた。
「いろいろ......ありすぎて」
「大丈夫ですか?」
こんなつらそうな横山さんは、初めてだった。今までどんなに悲しい話をしても、最後には微笑んでいられる人だったのに。
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16、「年賀状」考
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