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ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <48>
話すと長くなる、と彼女が言うので、私たちは駅ビルのカフェに入った。
全面ガラス張りの二階のカフェからは、国道が遠くまで伸びているのが見えた。良いお天気だからなのか、街中が日光に照らされ、白っぽく輝いて見える。
私がジャスミンティーを頼むと、横山さんは、
「私はブレンドコーヒー」
と、低い声で呟いた。
いつもおだやかな笑みを浮かべている彼女が、肩を落とし、寝ていないのか目の下にうっすらとくまを作っている。明らかに気持ちが沈んでいるのが、わかる。
「珍しいですね。カフェイン入りのものを、飲むなんて」
いつもはあれほどベジタリアンフードがどうの、身体に優しい食べ物がどうの、と口うるさいほどに話していた彼女なのに。
カフェインは、身体が普段と違ってきて初めて、その存在のヘビーさを感じさせるものだった。普段だったら何とも思わない朝の目覚めのコーヒー、でもそれは、調子が今ひとつの人間には、強い刺激になる時があった。
私もまだ、コーヒーが飲めない。先日入れてみたのだけど、一口味わっただけで、心臓がどくん、と波打ち、毛穴が開いていくかのような変化を味わった。
まるで脳にも毛穴があるかのように、さあっとカフェインがしみ込んだら、急に血の巡りが早くなり、瞳が大きく開いてきたように感じた。
しばらくカフェインから離れていると、一杯だけでも頭がクラッとする。だから私は控えていたし、それに、そうだ、横山さんは、
「妊娠したから、カフェインもやめておくわ」
と、幸福そうに呟(つぶや)いていたはずだったのに。
「いいのよ。飲みたいの」
彼女はけだるそうに、そう答えて、運ばれてきたブラックコーヒーに、ミルクを注いでいる。そのミルクだって、彼女が好んではいないものだった。乳製品は、動物性食品だからベジタリアンとしてはなるたけ避けなくちゃ、と言っていたのに......。
「どうしちゃったんですか、何か、あったんですか」
そう尋ねると、彼女はうつろな瞳をこちらに向けた。
「聞いてないの? 大賀(たいが)くんから」
「えっ......聞いてないって、何をですか?」
「今週お店、行ってないの?」
「お店......お休みなんですよ。昨日も今日も」
「そうなんだ......」
ふう、と彼女はため息をついた。
大賀について語る時、彼女はいつも息子を思う母親のように、目を優しく細める。それなのに今日は、何の愛着も持っていないかのような、暗い瞳をしている。
何か、あったのだ。
聞くと、横山さんは、先週末の夜十時過ぎに『のんある』に行ったのだという。営業終了後に、ゆりさんと温泉に行くと言っていた日だ。
「私ね......、流産、したの」
彼女がそう言うので、私はえっ、と言葉を失った。
「それは......、つらいですよね。お体はもう、大丈夫なんですか?」
「3日休んだらもう普通に仕事をして大丈夫だって」
彼女の異様なまでの表情の曇りの理由がわかった。年下の新しい彼との未来を、あんなに頬(ほお)を染めて、楽しみにしていたのに。
「こんな食生活を、していたせいだわ」
彼女が呻(うめ)いた。
「こんな、って、横山さん、人一倍食事には気を使ってたじゃないですか」
「ううん、だから、ダメだったのよ、きっと」
彼女はコーヒーカップに残ったコーヒーをぐいっと煽(あお)った。
「菜食だけではどうしても補えない栄養素っていうのが、あるんですって。ビタミンB12というんだけど、ほとんど動物性食品にしか含まれないから、サプリで摂らなくちゃならなかったんだけど......」
横山さんは、ため息をついた。
まるで、ビタミンを充分に補わなかったからいけなかったのだと言わんばかりだった。
「私、知らなかったのよ。ベジタリアンでありさえすれば、すべては健康だと信じてたの。勉強不足で、大切な命を失ったわ」
横山さんは空になったコーヒーカップを両手でくるみ、うつむいた。
「誰も、教えてくれなかった。こんなことになってしまうなんて。誰も教えてくれなかったから......」
「3人にひとり流産するって、聞いたことありますよ。横山さんのせいじゃないですよ」
あんなに玄米スープやら有機野菜やら、健康に気を使っていた横山さんなのに、私の食事は完璧ではなかった、と肩を落としている。
「最近の私、少し錯乱してるの。エコクッキング教室の先生にも食ってかかっちゃったわ。『栄養素のこと、もっと教えてほしかった』って。大賀くんにも八つ当たりして、泣きわめいちゃったの。今となっては、ちょっと申し訳ないと思うんだけど」
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(毎週月曜日、木曜日更新)
全面ガラス張りの二階のカフェからは、国道が遠くまで伸びているのが見えた。良いお天気だからなのか、街中が日光に照らされ、白っぽく輝いて見える。
私がジャスミンティーを頼むと、横山さんは、
「私はブレンドコーヒー」
と、低い声で呟いた。
いつもおだやかな笑みを浮かべている彼女が、肩を落とし、寝ていないのか目の下にうっすらとくまを作っている。明らかに気持ちが沈んでいるのが、わかる。
「珍しいですね。カフェイン入りのものを、飲むなんて」
いつもはあれほどベジタリアンフードがどうの、身体に優しい食べ物がどうの、と口うるさいほどに話していた彼女なのに。
カフェインは、身体が普段と違ってきて初めて、その存在のヘビーさを感じさせるものだった。普段だったら何とも思わない朝の目覚めのコーヒー、でもそれは、調子が今ひとつの人間には、強い刺激になる時があった。
私もまだ、コーヒーが飲めない。先日入れてみたのだけど、一口味わっただけで、心臓がどくん、と波打ち、毛穴が開いていくかのような変化を味わった。
まるで脳にも毛穴があるかのように、さあっとカフェインがしみ込んだら、急に血の巡りが早くなり、瞳が大きく開いてきたように感じた。
しばらくカフェインから離れていると、一杯だけでも頭がクラッとする。だから私は控えていたし、それに、そうだ、横山さんは、
「妊娠したから、カフェインもやめておくわ」
と、幸福そうに呟(つぶや)いていたはずだったのに。
「いいのよ。飲みたいの」
彼女はけだるそうに、そう答えて、運ばれてきたブラックコーヒーに、ミルクを注いでいる。そのミルクだって、彼女が好んではいないものだった。乳製品は、動物性食品だからベジタリアンとしてはなるたけ避けなくちゃ、と言っていたのに......。
「どうしちゃったんですか、何か、あったんですか」
そう尋ねると、彼女はうつろな瞳をこちらに向けた。
「聞いてないの? 大賀(たいが)くんから」
「えっ......聞いてないって、何をですか?」
「今週お店、行ってないの?」
「お店......お休みなんですよ。昨日も今日も」
「そうなんだ......」
ふう、と彼女はため息をついた。
大賀について語る時、彼女はいつも息子を思う母親のように、目を優しく細める。それなのに今日は、何の愛着も持っていないかのような、暗い瞳をしている。
何か、あったのだ。
聞くと、横山さんは、先週末の夜十時過ぎに『のんある』に行ったのだという。営業終了後に、ゆりさんと温泉に行くと言っていた日だ。
「私ね......、流産、したの」
彼女がそう言うので、私はえっ、と言葉を失った。
「それは......、つらいですよね。お体はもう、大丈夫なんですか?」
「3日休んだらもう普通に仕事をして大丈夫だって」
彼女の異様なまでの表情の曇りの理由がわかった。年下の新しい彼との未来を、あんなに頬(ほお)を染めて、楽しみにしていたのに。
「こんな食生活を、していたせいだわ」
彼女が呻(うめ)いた。
「こんな、って、横山さん、人一倍食事には気を使ってたじゃないですか」
「ううん、だから、ダメだったのよ、きっと」
彼女はコーヒーカップに残ったコーヒーをぐいっと煽(あお)った。
「菜食だけではどうしても補えない栄養素っていうのが、あるんですって。ビタミンB12というんだけど、ほとんど動物性食品にしか含まれないから、サプリで摂らなくちゃならなかったんだけど......」
横山さんは、ため息をついた。
まるで、ビタミンを充分に補わなかったからいけなかったのだと言わんばかりだった。
「私、知らなかったのよ。ベジタリアンでありさえすれば、すべては健康だと信じてたの。勉強不足で、大切な命を失ったわ」
横山さんは空になったコーヒーカップを両手でくるみ、うつむいた。
「誰も、教えてくれなかった。こんなことになってしまうなんて。誰も教えてくれなかったから......」
「3人にひとり流産するって、聞いたことありますよ。横山さんのせいじゃないですよ」
あんなに玄米スープやら有機野菜やら、健康に気を使っていた横山さんなのに、私の食事は完璧ではなかった、と肩を落としている。
「最近の私、少し錯乱してるの。エコクッキング教室の先生にも食ってかかっちゃったわ。『栄養素のこと、もっと教えてほしかった』って。大賀くんにも八つ当たりして、泣きわめいちゃったの。今となっては、ちょっと申し訳ないと思うんだけど」
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16、「年賀状」考
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