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ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <49>
私は夜の街を歩いていた。
大賀(たいが)の店が休みなのでどこにいったらいいのか、わからないまま、昼間会った横山さんと同じように背中を丸めて、うつむいて、歩いていた。
人は、自分だけでは背負いきれないくらいの苦しみを抱えたとき、自然と身体も前屈みになってしまうのかもしれない。とにかく私の身体も足取りも、重かった。
横山さんの顔を思い出すと、気持ちはどうしても沈んでしまう。失われた命を自分の食生活のせいにして、必死に気持ちのバランスを取ろうとしているように思えた。
「もっとレバーとか、食べておけばよかったのかもしれない。もっと牛乳も飲んでおいたほうが、よかったのかも。赤ちゃんの分まで栄養を摂ったほうがよかったのよ。赤ちゃん、お腹をすかしてたんじゃないかしら、って思うと、申し訳なくて......」
「考え過ぎですよ、ベジタリアンでも出産している人はたくさんいるんですから。3人に1人は流産するっていうし、あんまり自分を責めないほうがいいですよ」
私が何度そう言い聞かせても、彼女の耳には入らなかった。彼女は自分を責め、そして周りの健康に気を使う人々を責めていた。愛する小さな存在を失ったどうしようもない怒りを、ぶつける場所を、探していた。
「今はつわりも何もないの。体は健康すぎるくらい、健康。でも、心の中が、からっぽで。イライラしてて、大賀くんのことも、いじめちゃったわ」
彼女はつらそうにため息をついた。
「アメリカでは、妊娠したらベジタリアンはビタミンB12と葉酸をサプリメントで飲むように指導されてるんですって。でも日本でそれを知ってる人は、少ないわ。大賀くんも、知らなかった」
ベジタリアンになってまだ日が浅い横山さんは、不足する栄養素についての知識を持ち合わせてはいなかった。
「ビタミンB12は卵やチーズにたくさん含まれてるから、ベジタリアンはそれを食べられないならサプリで補うしかないんですって。ビタミンB12は葉酸の仕事を助ける役割をしているから、妊婦には絶対必要なの。
葉酸はDNAや赤血球をつくる働きをしているのだけど、B12はそれを助けるの。この葉酸も、葉物野菜だけで摂るのはかなり無理がある量だから、レバーとかを食べなくちゃならないし、レバーが食べられないベジタリアンは、サプリメントの助けを借りなくちゃならないの。
葉酸なんて、私、初めて聞いたわ。
あなただって、知らなかったんじゃない?
葉酸は妊婦に大切なんですって。
妊娠初期は、普段の倍は摂取が必要なんですって。
妊娠がわかった時点で、本当はすぐにサプリを飲み始めなくちゃならなかったんですって。でも、誰も、そんなこと言ってはくれなかった。
「大賀くんは、なんて......」
「彼ね。ショックを受けて、言葉にもならなかったわ。いざとなると若い男の子なんて、逃げ腰になっちゃうのよね。申し訳ございませんばかり繰り返してたわ」
横山さんの瞳には怒りの感情が灯っていた。
哀しみで窪(くぼ)んだ瞳は、よりどころを失ったかのように、どこかぼんやりとしている。
「彼に......なんて言ったんですか?」
「大したことじゃないのよ。今回の顛末(てんまつ)と、それから、ちょっとした苦言ね」
横山さんは唇を尖(とが)らせた。
「『あなた、健康ドリンクの知識はあんなにあるのに、ベジタリアンの妊婦が摂るべきサプリのことも知らなかったの?
私のように悲しい人が現れないように、ちゃんと勉強しておいてよね、健康ドリンクバーのマスターなんだから、そのくらい常識でしょ』
って言ってやったの。そしたら彼、打たれ弱いらしく、青くなってたわ」
口調は小気味良さそうにしていたけれど、横山さんの気持ちが完全に晴れたわけではないのは見ていればわかった。
「ほんとに、誰も教えてはくれなかったの、誰も。誰か、教えてくれれば、よかったのに」
突然命を失われたショックから、彼女はまだ立ち直ってはいなかった。子を失った母親なのだ、どこか混乱していてもしかたのないことなのかもしれないけれど、非難された大賀は、どんな気持ちでその言葉を聞いたのだろう。
「大賀くん、お店休んでるの? 私、言い過ぎちゃったかしら」
彼女の口調は素っ気なかった。
いつもの横山さんなら「悪いことしたわ」などと言い出すのに、決してそうは言わなかった。それだけ彼女の中には、悲しみが満ちている。
自転車のベルが鳴った。私はのすぐ横を、猛スピードでリュックを背負った子どもが走り抜けていった。
私は、いつのまにか、大賀のアパートの前に来ていた。3日も店を開けなかった彼は、今、どうしているのだろう。
彼の部屋には、明かりがついていた。
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(毎週月曜日、木曜日更新)
大賀(たいが)の店が休みなのでどこにいったらいいのか、わからないまま、昼間会った横山さんと同じように背中を丸めて、うつむいて、歩いていた。
人は、自分だけでは背負いきれないくらいの苦しみを抱えたとき、自然と身体も前屈みになってしまうのかもしれない。とにかく私の身体も足取りも、重かった。
横山さんの顔を思い出すと、気持ちはどうしても沈んでしまう。失われた命を自分の食生活のせいにして、必死に気持ちのバランスを取ろうとしているように思えた。
「もっとレバーとか、食べておけばよかったのかもしれない。もっと牛乳も飲んでおいたほうが、よかったのかも。赤ちゃんの分まで栄養を摂ったほうがよかったのよ。赤ちゃん、お腹をすかしてたんじゃないかしら、って思うと、申し訳なくて......」
「考え過ぎですよ、ベジタリアンでも出産している人はたくさんいるんですから。3人に1人は流産するっていうし、あんまり自分を責めないほうがいいですよ」
私が何度そう言い聞かせても、彼女の耳には入らなかった。彼女は自分を責め、そして周りの健康に気を使う人々を責めていた。愛する小さな存在を失ったどうしようもない怒りを、ぶつける場所を、探していた。
「今はつわりも何もないの。体は健康すぎるくらい、健康。でも、心の中が、からっぽで。イライラしてて、大賀くんのことも、いじめちゃったわ」
彼女はつらそうにため息をついた。
「アメリカでは、妊娠したらベジタリアンはビタミンB12と葉酸をサプリメントで飲むように指導されてるんですって。でも日本でそれを知ってる人は、少ないわ。大賀くんも、知らなかった」
ベジタリアンになってまだ日が浅い横山さんは、不足する栄養素についての知識を持ち合わせてはいなかった。
「ビタミンB12は卵やチーズにたくさん含まれてるから、ベジタリアンはそれを食べられないならサプリで補うしかないんですって。ビタミンB12は葉酸の仕事を助ける役割をしているから、妊婦には絶対必要なの。
葉酸はDNAや赤血球をつくる働きをしているのだけど、B12はそれを助けるの。この葉酸も、葉物野菜だけで摂るのはかなり無理がある量だから、レバーとかを食べなくちゃならないし、レバーが食べられないベジタリアンは、サプリメントの助けを借りなくちゃならないの。
葉酸なんて、私、初めて聞いたわ。
あなただって、知らなかったんじゃない?
葉酸は妊婦に大切なんですって。
妊娠初期は、普段の倍は摂取が必要なんですって。
妊娠がわかった時点で、本当はすぐにサプリを飲み始めなくちゃならなかったんですって。でも、誰も、そんなこと言ってはくれなかった。
「大賀くんは、なんて......」
「彼ね。ショックを受けて、言葉にもならなかったわ。いざとなると若い男の子なんて、逃げ腰になっちゃうのよね。申し訳ございませんばかり繰り返してたわ」
横山さんの瞳には怒りの感情が灯っていた。
哀しみで窪(くぼ)んだ瞳は、よりどころを失ったかのように、どこかぼんやりとしている。
「彼に......なんて言ったんですか?」
「大したことじゃないのよ。今回の顛末(てんまつ)と、それから、ちょっとした苦言ね」
横山さんは唇を尖(とが)らせた。
「『あなた、健康ドリンクの知識はあんなにあるのに、ベジタリアンの妊婦が摂るべきサプリのことも知らなかったの?
私のように悲しい人が現れないように、ちゃんと勉強しておいてよね、健康ドリンクバーのマスターなんだから、そのくらい常識でしょ』
って言ってやったの。そしたら彼、打たれ弱いらしく、青くなってたわ」
口調は小気味良さそうにしていたけれど、横山さんの気持ちが完全に晴れたわけではないのは見ていればわかった。
「ほんとに、誰も教えてはくれなかったの、誰も。誰か、教えてくれれば、よかったのに」
突然命を失われたショックから、彼女はまだ立ち直ってはいなかった。子を失った母親なのだ、どこか混乱していてもしかたのないことなのかもしれないけれど、非難された大賀は、どんな気持ちでその言葉を聞いたのだろう。
「大賀くん、お店休んでるの? 私、言い過ぎちゃったかしら」
彼女の口調は素っ気なかった。
いつもの横山さんなら「悪いことしたわ」などと言い出すのに、決してそうは言わなかった。それだけ彼女の中には、悲しみが満ちている。
自転車のベルが鳴った。私はのすぐ横を、猛スピードでリュックを背負った子どもが走り抜けていった。
私は、いつのまにか、大賀のアパートの前に来ていた。3日も店を開けなかった彼は、今、どうしているのだろう。
彼の部屋には、明かりがついていた。
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