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ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <51>
「それより温泉は、楽しかった?」
私が水を向けると、彼はまたうなだれた。
「温泉でも......ゆりさんを激怒させちゃって」
「そうだったの!?」
楽しく過ごしたとばかり思っていたので、彼が顔を曇らせたことに驚いた。
「旅行に出発する直前に、横山さんがお店に来たんですよ。それでいろいろ、まあ、クレームってわけじゃないんですけど、厳しいことを言われて凹んでしまったんです。
もっと僕に知識があったら、彼女の妊娠生活をサポートできたんじゃないかって思うと、取り返しのつかない悔しさが襲ってきて......。
約束通り、最終の東海道線で湯河原の温泉旅館に行ったんですけど、ろくに会話もできないくらい落ち込んで。
ゆりさんは、そんな僕に気を使ってくれて、とりあえず温泉でおいしいもの食べて、お風呂に入れば元気になるよ、と盛り立てようとしてくれたんですけどね。
結局重い気分のまま寝てしまって。
翌朝は豪華な海の幸の朝食だったんですけど、食欲も出なくて、せっかくのごちそうを全然食べられなくて。ゆりさんのおごりで旅行に来てたのに申し訳ないと頭ではわかってたんですけど。
で、食べ終わってしばらくしたら、彼女、じんましんが出ちゃったんですよ。旅館にはちゃんとアレルギーになりやすいカニやエビやイカを除去してもらってたのになんでだろう、と思って聞きにいったんですけど。
調べてもらったら、出された自家製がんもどきの中に、細かく刻まれたエビが入ってたんです。それだけチェックできてなかったって。
旅館は平謝りで、宿代をタダにしてくれたけれど、やっぱりゆりさんの気持ちは、おさまらないですよね。
大した量じゃなかったので、じんましんも腕の内側や首まわりだけで、しばらくすると引いたけれど、僕が落ち込んでたのもあって、イライラが爆発しちゃって。
『こんな旅行だったら来ないほうがよかった』って、泣かれちゃったんですよ。」
そう言って、大賀(たいが)は、顔を歪(ゆが)めて笑った。
彼も、泣きそうだった。
「僕ももうなんて謝ったらいいのかわからないくらい混乱してしまって。
ほとんどそれから口もきかなくて。ゆりさんはじんましんがひどくなるかもしれないからと朝風呂にも入らなくて、僕だけ入るわけにもいかないから結局ふたりとも、お湯にも入らずに、後味悪い感じで宿を後にしたんです」
普通の女の子だったら、きっと、男性と温泉に行くとなったら、これをきっかけに二人の仲が進展するんじゃないかと、期待するだろう。きっとゆりさんだって、そうだったはずだ。
怒りたくもなるだろう。
可哀想に、と思う一方で、よかった、と胸を撫(な)で下ろしている自分もいた。私は覚悟していたのだ。大賀がゆりさんの恋人になってしまうことを。
でも彼はしおれた様子で、今、部屋にいる。
「旅からぼろぼろで帰ってきて......、常連さん二人がもう二度と来てはくれないんじゃないかと思うと怖くて、でも考えたくなくて。とにかく寝ようと部屋に入ったら」
「......あ、手紙」
私は声をあげた。
そうだった。旅から帰った大賀がわかるように、と、部屋のドアに手紙を挟(はさ)んでおいたのだ。そこには、桃奈(ももな)さんが目を開けたことが、書かれていたはずだ。
「いろいろ、すみませんでした」
彼は頭を下げた。
「迷惑かけちゃって......」
「ううん。いいの」
病院には行った?と聞くと、彼はうなずいた。
「僕が行った時は目を閉じてました。でも」
彼の目が、みるみるうるんでいく。
「もしかすると彼女、もう、長くないかもしれない」
「なんで?」
「熱がずっと下がらなくて。肺炎を起こしかけてるって」
そういえばこの間会った時も、桃奈さんは発熱していた。
「このまま弱っていくかもしれないし、もちこたえるかもしれない。それは、誰にもわからないって。特殊なケースだからって。でも」
大賀は、今度は声を詰まらせた。
「彼女はいつも、静かに眠りたがっていたから。起こそうと思って玄米スープをたくさん飲ませてきたけど、もう、熱が出たから医者に止められちゃってるし。
もういいよ、って言われてる感じが、すごく、するんですよ。怖くて病院に行ってないんです。さよなら言われそうで、怖くて」
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(毎週月曜日、木曜日更新)
私が水を向けると、彼はまたうなだれた。
「温泉でも......ゆりさんを激怒させちゃって」
「そうだったの!?」
楽しく過ごしたとばかり思っていたので、彼が顔を曇らせたことに驚いた。
「旅行に出発する直前に、横山さんがお店に来たんですよ。それでいろいろ、まあ、クレームってわけじゃないんですけど、厳しいことを言われて凹んでしまったんです。
もっと僕に知識があったら、彼女の妊娠生活をサポートできたんじゃないかって思うと、取り返しのつかない悔しさが襲ってきて......。
約束通り、最終の東海道線で湯河原の温泉旅館に行ったんですけど、ろくに会話もできないくらい落ち込んで。
ゆりさんは、そんな僕に気を使ってくれて、とりあえず温泉でおいしいもの食べて、お風呂に入れば元気になるよ、と盛り立てようとしてくれたんですけどね。
結局重い気分のまま寝てしまって。
翌朝は豪華な海の幸の朝食だったんですけど、食欲も出なくて、せっかくのごちそうを全然食べられなくて。ゆりさんのおごりで旅行に来てたのに申し訳ないと頭ではわかってたんですけど。
で、食べ終わってしばらくしたら、彼女、じんましんが出ちゃったんですよ。旅館にはちゃんとアレルギーになりやすいカニやエビやイカを除去してもらってたのになんでだろう、と思って聞きにいったんですけど。
調べてもらったら、出された自家製がんもどきの中に、細かく刻まれたエビが入ってたんです。それだけチェックできてなかったって。
旅館は平謝りで、宿代をタダにしてくれたけれど、やっぱりゆりさんの気持ちは、おさまらないですよね。
大した量じゃなかったので、じんましんも腕の内側や首まわりだけで、しばらくすると引いたけれど、僕が落ち込んでたのもあって、イライラが爆発しちゃって。
『こんな旅行だったら来ないほうがよかった』って、泣かれちゃったんですよ。」
そう言って、大賀(たいが)は、顔を歪(ゆが)めて笑った。
彼も、泣きそうだった。
「僕ももうなんて謝ったらいいのかわからないくらい混乱してしまって。
ほとんどそれから口もきかなくて。ゆりさんはじんましんがひどくなるかもしれないからと朝風呂にも入らなくて、僕だけ入るわけにもいかないから結局ふたりとも、お湯にも入らずに、後味悪い感じで宿を後にしたんです」
普通の女の子だったら、きっと、男性と温泉に行くとなったら、これをきっかけに二人の仲が進展するんじゃないかと、期待するだろう。きっとゆりさんだって、そうだったはずだ。
怒りたくもなるだろう。
可哀想に、と思う一方で、よかった、と胸を撫(な)で下ろしている自分もいた。私は覚悟していたのだ。大賀がゆりさんの恋人になってしまうことを。
でも彼はしおれた様子で、今、部屋にいる。
「旅からぼろぼろで帰ってきて......、常連さん二人がもう二度と来てはくれないんじゃないかと思うと怖くて、でも考えたくなくて。とにかく寝ようと部屋に入ったら」
「......あ、手紙」
私は声をあげた。
そうだった。旅から帰った大賀がわかるように、と、部屋のドアに手紙を挟(はさ)んでおいたのだ。そこには、桃奈(ももな)さんが目を開けたことが、書かれていたはずだ。
「いろいろ、すみませんでした」
彼は頭を下げた。
「迷惑かけちゃって......」
「ううん。いいの」
病院には行った?と聞くと、彼はうなずいた。
「僕が行った時は目を閉じてました。でも」
彼の目が、みるみるうるんでいく。
「もしかすると彼女、もう、長くないかもしれない」
「なんで?」
「熱がずっと下がらなくて。肺炎を起こしかけてるって」
そういえばこの間会った時も、桃奈さんは発熱していた。
「このまま弱っていくかもしれないし、もちこたえるかもしれない。それは、誰にもわからないって。特殊なケースだからって。でも」
大賀は、今度は声を詰まらせた。
「彼女はいつも、静かに眠りたがっていたから。起こそうと思って玄米スープをたくさん飲ませてきたけど、もう、熱が出たから医者に止められちゃってるし。
もういいよ、って言われてる感じが、すごく、するんですよ。怖くて病院に行ってないんです。さよなら言われそうで、怖くて」
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16、「年賀状」考
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