ハングリー!~飢えてる私の心と体~

2008年12月29日

ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <53>

その夜、私は大賀(たいが)とひとつになった。
 
 
私たちは、酔っていた。
オーガニックビールに有機ワイン。
普段あまり飲まないという大賀と、もう何ヶ月も一滴もアルコールを入れていない私とが、甘い痺(しび)れたような感覚に見舞われるまでに、それほど時間はかからなかった。
 
 
私は、もしかしたら、この瞬間を待っていたのかもしれない。失意の彼のすぐそばにいて、慰めてあげる役を、演じたがっていたのかもしれない。
 
 
自分に自信をなくしている彼に寄り添って、彼が自分に手を伸ばしてくるのを、待っていたのだ。放っておけないからと心で言い訳しながら、彼のそばから離れなかった。こんなタイミングが訪れることを期待していたからこそ、アルコールに手を伸ばすことも、できたのだと思う。
 
 
私はアルコールに恐怖を抱いていた。
食べ物を口にする時、自分の中に新しい要素を取り込まなくてはならない、それをとても怖れていた。
 
 
もしかしたら自分の体に合わないかもしれない。うまく消化できず、拒絶反応を起こすかもしれない。ひょっとしたらニュースで最近よくそんな事件が流れているけれど、針が混入されているかもしれない。
 
 
喉を通すことを体が拒み、緊張で固くなった口元は、ますます固形物を拒むようになっていった。
 
 
何も食べられなくなって以降、わらにもすがる思いで、占い師のもとを訪れたことがあった。度の強いメガネをかけた占い師の女性は、3分間ほど私の顔をじろじろ見つめた後で、私の前世に問題があると言った。
 
 
「あなたは、以前、毒殺されていますね。敵国のスパイに騙(だま)されて、毒入りの食事をすすめられるがままに食べて、亡くなったのです」
 
 
遠い昔の記憶が現世で蘇(よみがえ)り、だから食べ物を怖れるようになったのだろう、と彼女は解説してくれた。ちっとも覚えがありません、と答えると、そうでしょうね、と彼女は深くうなずいた。
 
 
「無意識のうえでの行動なのですよ。あなたと同じように食べ物に対して極端に慎重になる人がいます。そういうかたは、毒殺というトラウマを背負っていることが多いのです」
 
 
どうしたら普通の食生活に戻れるでしょうと尋ねると、占い師は「そういう過去があったんだな、と納得すれば、少しずつ前世の自分と共存できるようになるでしょう。そうすればゆっくりと落ち着いてきますよ」と答えた。
 
 
問題が解決するまで、現世でも繰り返し、前世と同様の事件が起きるのだという。それが宿命というものなのだと言われた。いまだに彼女の話したことがどこまで真実なのかは、よくわからないままだったけれど。
 
 
アルコールは固形物以上に恐ろしく感じていた。健全な人間でも、酔って前後不覚になるものなのだ。体のコントロールが効かなくなりそうで、とてもではないけれど、口にはできなかった。
 
 
今まではごく普通に、何の疑いもなく、会社の同僚と飲み交わしてきたのに、アルコールは遠い存在になってしまった。
 
 
でも大賀が屈託なく「一緒に飲もうよ」と誘ってくれて、それに応えたくて、もうどうなってもいい、と思って、ビールのグラスを合わせた。
 
 
きっとすべてのことは、もうどうなってもいい、と思えば、なんとかこなしていけるのかもしれない。アルコールが喉を通り、少しヒリッとした感じが何ヶ月ぶりかに蘇ってきた時、なんだ、大したことなかったのに、と、気が抜けていった。
 
 
それは生まれて初めて絶叫コースターに乗った時と似た感覚だった。本当に怖いのは、落ちていく、とわかったその一瞬だけ。あとは、風を切り、空を翔び、私は非日常の世界を全身で楽しんでいた。
 
 
あの時と、似ている。コースターに誘ったのは当時の恋人で、私はまだ高校生だった。
後込みしながらも、思い切って乗り込めたのは、この人と一緒なら何があっても怖くないという強い気持ちがあったからだ。
 
 
もし私がお酒でおかしくなってしまっても、大賀なら私を守ってくれる。万が一毒物が入っていたとしても、彼の腕の中で死ねるのなら、かまわない。そう思えた。愛情が、私に殻を破らせてくれた。
 
 
私と大賀は、お酒を飲みながら、何度もキスをした。お酒のせいだけでなく私の体が熱くなっていった。
 
 
彼が近づいてきていた。彼は私と同じように何もかもを失いかけていた。お客さんも、お店も、それから入院している桃奈(ももな)さんも。
彼の気持ちを理解できて、支えられるのは私だけかもしれなかった。
 
 
だから私から彼を求めた。
彼の唇だけでなく、頬(ほお)に、首筋に、次々とキスをしていった。やがて彼もおかえしというかのように、私の頬に首にキスを返してくれた。
 
 
それからはもう、止まらなかった。
 
 
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