ハングリー!~飢えてる私の心と体~

2009年01月05日

ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <54>

その晩、私と大賀(たいが)は、明け方までベッドの中で話をした。
 
 
彼は、服を着ようとは一度も言いださなかった。だから私たちは、裸のまま、時々抱き合ったり髪を撫(な)で合ったりしながら、話し続けた。
 
 
彼の肌は温かくて、心地よくて、ピンと肌が張りつめていて、何もかもが素敵だった。抱きしめられていると全てから解放されていくかのような浮揚感(ふようかん)に包まれた。
 
 
「大丈夫?」
大賀は時々私の調子を気にした。こういうことをしたのも、お酒を飲んだのも久しぶりだ、と私が打ち明けたからだ。
 
 
「平気。すごく幸せな気分」
本当にそう思っていたからそう答えた。
「大賀クンとこうなれたらいいなって、少し前から思ってたの」
「なんで?」
「なんでって......好きだから、じゃないのかな」
 
 
 大賀は私の告白めいた言葉を聞こえなかったかのようにかわして、
「怖いものみたさって言葉、知ってる?」
と尋ねてきた。
 
 
「知ってるけど、どうしていきなりそんなこと聞くの?」
「うん、少しずつ、苑花(そのか)さんが、食べ物を口にできるようになってきたでしょ。でも前までは、怖くて、できなかったんだよね。
これって、案外、人間の一番原始的な欲求とつながってるんじゃないかなって」
 
 
初めて株をネットで買ったときは、怖かったんだ、と大賀は教えてくれた。
「自分がボタンをクリックしたら、その瞬間、何万円もする株券が自分のものになるんだから、緊張するよ。胃が痛くなって、2~3日、まともに食べられなかったのを今でも覚えてる。
株価が上がっても下がっても、自己責任の世界だから、選んだ自分を信じて買わなくてはならない。最初はそれが怖くて、なかなか決断できなかった」
 
 
大賀が言わんとしていることは、私にも伝わってきた。
「わかる気がする。私も、最初の一口が一番怖かったの。食べたいのに食べる勇気が出てこなかった。
今ではなんでそんなに緊張しているのかと思うけど。あの時はすべてが怖かったの。
大賀クンが言う通り、食べられないでいた頃の私は、一歩を踏み出すのを恐れていただけなのね」
「はためにはね。ひとくちでも食べてほしいと思うんだけど、本人にその意志がなかったら、飲み込んではもらえないからなあ」
 
 
「あの頃は、大賀くんにも心配かけちゃったわね。でもそんな私も、おかげさまで、おかゆなら食べられるし、お酒も飲めるようになるほどに、回復したわ」
「うん......今は見違えるように生き生きして、素敵だよ」
大賀は私の肩をそっと抱き寄せた。
私たちの顔が近くなり、今日何度目かの口づけを交わした。
 
 
「実際は、株を買うのも、食べ物を食べるのも、他に大勢の人がしていることだし、大して怖くはない。頭ではわかってるけど、最初の一歩は、自分との闘いだよね」
「そうね。でも私の場合、大賀クンが助けてくれたのよ。自分ひとりじゃとても戻ってこられなかったかもしれない」
 
 
食べないで済むのなら、食べなくてもいい、恋人もいるにこしたことはないけれど、いなくても、生きていける。
私は、社会に関わることから、自分を閉ざして生きていたのだ。そのひとつが、食べられない、という状態を引き起こしたのかもしれない。最近の私は薄々そう勘づいてはいた。
 
 
食欲を失ったから、仕事を辞め、恋人も失い、結婚話がおじゃんになったのだと考えていた。けれど、きっと、そうではない。
 
 
私は生きる気力を失ったから、食欲も同時に失ったのだ。そして食欲を失ったから、仕事も恋人も失ったのではない。内心仕事にも恋人にも飽きていたから、退職し、恋の終焉(しゅうえん)を迎えるための理由づけとして、食べられない、という状態を利用しただけなのかもしれない。
 
 
結婚をしたく、なかったのだ。
幸せな家庭を作る自信がなかった。
だから身体が、未来を拒否した。
そして世捨て人のように、表舞台から引っ込んで、静かに暮らしたかった。そう、社会との関わりから逃げ出したのだ。
 
 
「結婚するのが、怖かったの」
小さな声で、私は大賀に打ち明けていた。
「結婚のストレスで、食べられなくなっていた気がするの。食べられなくなれば、結婚だって、しなくてすむんじゃないかって」
 
 
そして実際、婚約者は私から離れていった。
私は私の望み通り、ひとりに戻ったのだ。
でもそれはなんて淋しいことだったろう。
心は彷徨(さまよ)い、そして大賀がいる店『のんある』へと辿り着いたのだった。
 
 
「わかる、わかるよ......」
涙を伝わらせている私の頬に、大賀は何度もキスを繰り返してくれた。彼の目も潤(うる)んでいた。
しばらくの後、彼は、
「少し安心したら、おなか空いちゃったな。何か作ろうかな」
と、ひとりごとのように呟いた。
 
 
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mika naito , novel , ハングリー , 内藤みか , 恋愛 , 食べ物

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