ハングリー!~飢えてる私の心と体~

2009年01月08日

ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <55>

「食パンくらいしか家にないや。徹夜明けに食べるなんて変だけど、朝ごはんにしてもいいかな? 苑花(そのか)さんもいる? ミネストローネスープならあるから、具を抜いたのを飲んでみる?」
「ううん」
私は首を横に振った。
 
 
カーテンの向こうから入ってくる朝日は眩(まぶ)しく、生まれ変われたかのような清々しさが胸に満ちていく。
 
 
「私にもトーストもらえる? スープも、具を入れたままでいいからちょうだい」
「苑花さん......」
彼と一緒に食べたい。そう感じた瞬間、すべてのこだわりが引いていって、私の胃の中が突然、空っぽになった。
 
 
かなり前からお腹には何も入ってはいなかったのだけど、ずっとつかえた感じがしていて、空っぽではなかった。それがすうっと消えて、頭から足先まで、エネルギーがサラサラと詰まりもなく流れていく。
大賀(たいが)の顔にも、光が当たっていて、眩しいくらいだった。そう、私は彼にたくさんのことを気づかせてもらったのだ。
 
 
「食べられるかどうかわからないけど、食べてみようと、思う。食べてみたいの」
彼はしばらく呆気(あっけ)に取られたように私を見つめていたけれど、
「......わかった。ちょっと待ってて」
と、キッチンに立った。
 
 
ベッドの中で、私は彼が朝食の支度を整えるのをぼんやりと待っていた。その時、なんともいえない懐かしさを感じた。何ヶ月も昔に、同じような状態になった気がする。
 
 
そう、あの日も私は朝食を食べようとしていた。トーストとドリップコーヒーを用意していた。その時、どんなに食べ物を口に入れようとしても、入らなくて、胃にも口にも喉にも違和感を覚えた。
 
 
あの時の感覚とひどく似ていた。
違うのは、変化の方向が逆だということだった。今度は、何かを頬張りたくて、全身が疼(うず)いていた。
 
 
口を開けば、簡単なことだった。
大賀が出してくれたトーストとスープの朝食は、不思議なほど簡単に私の喉を通っていった。噛み方を覚えていてくれた私の顎(あご)は、嬉しそうに何度もしゃくしゃくとパンを味わった。
 
 
「食べてる苑花さんって、初めて見るよ」
「そうよね......こんなに簡単なことだったのにね」
何の足かせがついていたのだろう。
誰もが味わっている当たり前の幸せな行為。それを私は何ヶ月も失っていた。
 
 
「すごく美味しい......」
外がほどよく固くて、中がもちもちしているトーストも、トマトがよく溶けてたくさんの野菜とハーモニーを奏でているミネストローネも、私の体に染み込んでいく。大賀の優しさも一緒に摂り込んでいく。
ほど良い胃の重さが再来し、妙にほっとした。重心を失ってフラついていた身体も、これで落ち着くだろう。
 
 
「ありがとう......」
自然とお礼の言葉が口から出ていた。ほろりと涙が出た。
「食べられるようになったみたい。大賀くんのおかげだと思う」
 
 
「僕は、何もしてないよ」
「ううん。いっぱいいろいろ、してくれた」
言葉では表せないほどに、彼は私に寄り添ってくれていた。最初に玄米スープを差し出してくれた時から、ずっと。
 
 
「大賀くんがいなかったら、私はずっと、あのままだったかもしれない」
「そんなことないよ。苑花さん、ちゃんと自分で元に戻れたと思うよ」
「ううん。だって、大賀くんと一緒に朝ご飯を食べたいと思った途端に、魔法が解けたみたいに、食べられるようになったの。だから大賀くんのおかげ」
「僕はきっとただのきっかけに過ぎないよ。苑花さんは、自分で気づいていたんだと思う」
 
 
彼はいつものように優しく微笑みながら、
「よかったね」
と言った。
「これで僕の役割も、終わったのかな」
「えっ、どうして?」
「だって、もう玄米スープを飲む必要もないでしょ。自分の口で玄米を食べられるんだし。苑花さんもきっと近々『のんある』には来なくなるかもしれないね」
「そんなことない。私、あのお店好きだもの」
彼はお店を畳もうとしているのかもしれない、と私は慌てた。
 
 
「私、とてもあのお店気に入ってるし、ずっと通いたいのよ」
「みんな口ではそう言うけど、必ず飽きる時は来るんだよね。いろんな言い訳しながら、足を向けなくなっていく」
「私は違うわ。お店が気に入ってるんじゃなくて、大賀くんが気に入ってるの。だから、お店に行かなくなるなんて、今はとても考えられない」
 
 
自信なさげなことを言う彼を、今度は私が励ましたかった。だから思い切ってこう言った。
「私、あなたのことが好きなんだと思う」
 
 
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