ハングリー!~飢えてる私の心と体~

2009年01月15日

ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <57>

それから一週間後。
私は丘の上の病院を訪れていた。
 
 
桃奈(ももな)さんの洗濯ものを受け取りにいくという用事もあったのだけど、一番の目的は、大賀(たいが)に会うことだった。
 
 
『のんある』は、結局、ゆりさんとの温泉旅行から帰って以来、一度も開いてはいない。毎日、午後7時くらいに、今日は開いてるかなと様子を見に行っては、閉ざされ、看板も出ていない店の佇(たたず)まいを悲しく見つめて帰っていく。そんな毎日を一週間も送っていた。
 
 
部屋にも二、三度行ってみたのだけど、彼は、いつもいなかった。
一度病院にも行ったのだけど、その時は桃奈さんの部屋には、誰もいなかった。院内は急患でもあったのかバタバタしていて、看護師に話しかけることもできなかった。だから、大賀が病院に姿を現したかどうかも、私は、知らない。
 
 
抱き合って朝まで過ごしたあの日から、大賀と私は、話をしていない。
私には、彼を探さなくてはならない理由があった。彼に、見られてしまったから。
 
 
あの日、カフェでマモルと話をしながら、私は、不意に強い視線を感じた。
通りから、自転車に乗った男が、こちらを覗(のぞ)いていた。それは、大賀だった。
 
 
男の人とふたりでお茶をしている私のことを、彼はどう思っただろう。その日の朝に、大賀に向って「あなたが好き」と打ち明けたはずの女が、見知らぬ男と親しげに語らっているのを見て、どんな気持ちになっただろう。
 
 
私が「好き」と告げても、大賀はさらりとそれをかわした。
「僕は、みんなの踏み台でいいんですよ。僕のところに、身体や心のつらいことを全部訴えてくれれば、それでいいんです。僕の店でドリンクを飲んで健康になってもらって、僕にグチることで心も元気になってもらえれば、それで充分だから」
「踏み台だなんて」
その表現がとても淋しかったので、私は逆らった。
 
 
「私、ストレスの吐き場所として『のんある』に行ってるんじゃないの。大賀くんとお話しするのが楽しかったし、お店のお客さんにも横山さんのように仲良くなれる人ができたし。
私には、あのお店だけが、誰かと話をすることができる場所だったの。大切なところなのよ。踏み台だなんて思ってない。そんなつもりで大賀くんと関わってるわけじゃないのに」
 
 
「ごめん、言い方が気に入らなかったかな」
彼は素直にあやまってくれた。
「実は、お店のお客さんに好きだと言ってもらえるのって、苑花(そのか)さんが初めてじゃないんだ」
 
 
「......まあ、そうでしょうね」
すぐにゆりさんの顔が浮かんだ。彼女だけでなく、優しくて若々しい大賀は、何人もの女性に好かれていてもおかしくはない。
 
 
「聞いた話だけど、調子を崩した時というのは、立ち直りかけた時に、すぐ近くで支えてくれている人に、恋愛感情を抱きやすいんだって。
 
 
入院中にドクターを好きになったり、カウンセリングを受けていて、カウンセラーにときめいたりする人は、少なくないんだそうだよ。もちろんほとんどは淡い恋心で、本気の関係にはなりづらいけれど。
 
 
失恋して相談にのってもらっているうちに、その人と恋人になってしまった、なんて話も時々あるよね、それも、立ち直りかけた時に惚れてしまったのかな、なんて。
 
 
僕としては、僕を通して、エネルギーが湧いてくるとしたらどうぞ僕を使ってくださいって、思ってる。
苑花さんも、僕のことが本当に好きなら、復活してから、僕に言ってきてほしい。体調が良くなってもまだ僕を好きでいてくれたら、その時は......」
 
 
「その時は?」
「その時は、その時に、考えるよ」
彼はそう含みをもたせた言葉しか、言ってはくれなかった。
 
 
マモルと一緒にいたところを見られて以来、大賀とは、会ってはいない。あの人とは、今はもう、なんでもないの。そう彼に説明したいのに、そのチャンスがなくて、私は焦っていた。
 
 
桃奈さんは、私のこんな混乱のことは知らずに、眠っていた。手を握ると、まだ明らかに熱を持っていた。額に触れると、うっすら汗ばんでいた。
 
 
もしかしたら、ずっと、一週間ものあいだ、熱が引かないのかもしれない。彼女のバラ色の頬は、今日は火照っているかのように見えた。
 
 
「桃奈さん、大賀くんを知らない?」
私は彼女のベッドの脇にあるパイプ椅子に腰をおろし、話しかけた。
「私、話があるの。大賀くん、最近桃奈さんのところに来た?」
 
 
そのとき、ほんの僅(わず)かだけれど、桃奈さんの指がぴくっ、と動いた気がした。あれっ、と思った瞬間、病室のドアが、するっ、と横に開いた。
「苑花さん......来てくれてたんだ」
大賀が、そこに立っていた。
 
 
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