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ハングリー!〜 飢えてる私の心と体〜 <59>
大賀(たいが)と病院で別れてから、2ヶ月が過ぎた。
あれ以降、私は彼の姿を街で見かけていないし、病院にも行っていない。店も閉まったままだったけれど、閉店のお知らせがドアに貼り出されてはいなかった。
だから大賀がどうなったのか、私は知らなかった。
気にならなかったといえば嘘になるけれど、桃奈(ももな)さんと一日中一緒に過ごしているであろう彼を訪ねて行く気持ちには、どうしてもなれなかった。
「桃奈、微熱が続いているせいかわからないけれど、目を開ける回数が増えてるんですよ。ひょっとしたら意識も戻るかもしれない、と、毎日そばで寝起きして、玄米スープを飲ませて、足をマッサージしてます」
彼は最後にそう言っていた。
うらやましくて言葉にならなかった。
私はひどく年上だし、大賀がずっと一緒にいたいと思えるタイプではないかもしれない。けれど、できることなら彼ともっとふたりだけの時間を、過ごしたかったのだ。
行きつけの店を失った私は、誰とも会話をしない日々が戻ってくることを覚悟した。けれどもそうはならなかった。
週に一度、マモルと会うようになったからだ。それは結局引き受けたデータ入力仕事の打ち合わせという名目だったけれど、大抵は一緒に食事もした。デートの時のような派手な食べ歩きはできなかったし、私はあまり肉も魚も口にしなかった。きちんと栄養バランスを考えれば、野菜だけでも身体がもつことを大賀から教えてもらったからだ。
野菜中心のメニューを用意できる店で食事をすることが多く、以前ほどどこでも何でも食べるというわけではなくなった。それでもマモルはいやな顔ひとつせずに、私に付き合ってくれた。
マモルと話し、マモルと食べる。
それは以前の私だったら、当たり前のことだった。
けれど、一旦離れていたので、彼が目の前にいて一緒に食事をしていることが不思議だった。諦めていた関係が、あまりにも自然に私のところに帰ってきた。
横山さんにはナチュラルストアでバッタリ遭遇した。彼女は年下の恋人とフルーツを選んでいた。
「久しぶりね」
横山さんは親しげに笑いかけてくれた。明らかに年が若いとわかる彼女の恋人も、軽く会釈をしてくれた。
「『のんある』閉店しちゃったのかしらね。何度か通りかかったけど、閉まってたわ」
「大賀くん、前に、やめるつもりとは言ってたんです。でも残念ですよね」
私はそれ以上は語らなかったけれど、横山さんにはお見通しらしかった。
「好きだったらあきらめちゃだめよ。ちゃんと好きだって言ったの?」
と励ましてくれた。彼女は私の大賀への想いをとうに気づいていたという。
「ありがとうございます。でも、もう、いいんです」
大賀は他の女性を選んだんです、とは、言えなかった。
「でも残念ね。一度お詫びをしたかったんだけど。ほら私、大賀くんに八つ当たりしたことあったから」
「ああ......」
それで彼が随分悩んだことも、あった。
「あの時は流産で気が立ってて、若い大賀くんには扱いが大変だったろうなと申し訳なくて。
この人に言われたの。今度はたっぷり必要栄養素をとって、また子づくりしようって。赤ちゃんはいなくなったけど、かけがえのない夫の愛はすぐそばにあるんだから、私は今、とても幸せなのよ」
「うん、とても幸せそう。あやかりたいな」
私はにこっと笑ってその場を去った。うらやましくて、誰の子も宿す勇気もまだない自分が情けなくて、いたたまれない思いだった。
ゆりさんにも遭遇した。
近所のテニスコートで見かけたのだ。額に汗をし、仲間と声をかけ合いながら、元気にプレイしていた。
彼女のいる位置から近かったこともあり、フェンス越しに覗(のぞ)き込んでいる私を、ゆりさんはめざとく見つけた。最初はまるで無視していた彼女も、試合終了後は、駆け寄ってきてくれるかとも思ったけれど、全く関係ありませんという態度を貫かれてしまった。
もう、彼女は『のんある』での出来事を、忘れたいのかもしれない。大賀と温泉旅行に行ったことも、彼女の青春にとっては、消し去りたいエピソードとなってしまったのかもしれない。
在宅とはいえ仕事を再開し、私の体はずいぶん調子を取り戻していた。よほど固さのあるもの以外はごくごく普通に咀嚼(そしゃく)することができている。
このまま、静かに、時は過ぎていくのかもしれなかった。大賀とは二度と会えず、マモルとは会い続けて、そして、私はいつのまにか、元通りの自分へと、還っていくのだろうか。
一抹の淋しさを抱きながら、私は『のんある』の前を通りかかった。大賀に会えるとは思っていなかったけれど、その後の動きを知りたくて、時々、裏通りを歩いてしまう。
するといつもとは違う光景が目に入ってきた。
閉ざされていたドアが、開いていて、中に人影が見えたのだ。
そういえば誰かに店を譲ったと彼は言っていた。内装工事でも入っているのかと覗いてみると、店内から懐かしい顔が現れた。
大賀だった。
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(毎週月曜日、木曜日更新)
あれ以降、私は彼の姿を街で見かけていないし、病院にも行っていない。店も閉まったままだったけれど、閉店のお知らせがドアに貼り出されてはいなかった。
だから大賀がどうなったのか、私は知らなかった。
気にならなかったといえば嘘になるけれど、桃奈(ももな)さんと一日中一緒に過ごしているであろう彼を訪ねて行く気持ちには、どうしてもなれなかった。
「桃奈、微熱が続いているせいかわからないけれど、目を開ける回数が増えてるんですよ。ひょっとしたら意識も戻るかもしれない、と、毎日そばで寝起きして、玄米スープを飲ませて、足をマッサージしてます」
彼は最後にそう言っていた。
うらやましくて言葉にならなかった。
私はひどく年上だし、大賀がずっと一緒にいたいと思えるタイプではないかもしれない。けれど、できることなら彼ともっとふたりだけの時間を、過ごしたかったのだ。
行きつけの店を失った私は、誰とも会話をしない日々が戻ってくることを覚悟した。けれどもそうはならなかった。
週に一度、マモルと会うようになったからだ。それは結局引き受けたデータ入力仕事の打ち合わせという名目だったけれど、大抵は一緒に食事もした。デートの時のような派手な食べ歩きはできなかったし、私はあまり肉も魚も口にしなかった。きちんと栄養バランスを考えれば、野菜だけでも身体がもつことを大賀から教えてもらったからだ。
野菜中心のメニューを用意できる店で食事をすることが多く、以前ほどどこでも何でも食べるというわけではなくなった。それでもマモルはいやな顔ひとつせずに、私に付き合ってくれた。
マモルと話し、マモルと食べる。
それは以前の私だったら、当たり前のことだった。
けれど、一旦離れていたので、彼が目の前にいて一緒に食事をしていることが不思議だった。諦めていた関係が、あまりにも自然に私のところに帰ってきた。
横山さんにはナチュラルストアでバッタリ遭遇した。彼女は年下の恋人とフルーツを選んでいた。
「久しぶりね」
横山さんは親しげに笑いかけてくれた。明らかに年が若いとわかる彼女の恋人も、軽く会釈をしてくれた。
「『のんある』閉店しちゃったのかしらね。何度か通りかかったけど、閉まってたわ」
「大賀くん、前に、やめるつもりとは言ってたんです。でも残念ですよね」
私はそれ以上は語らなかったけれど、横山さんにはお見通しらしかった。
「好きだったらあきらめちゃだめよ。ちゃんと好きだって言ったの?」
と励ましてくれた。彼女は私の大賀への想いをとうに気づいていたという。
「ありがとうございます。でも、もう、いいんです」
大賀は他の女性を選んだんです、とは、言えなかった。
「でも残念ね。一度お詫びをしたかったんだけど。ほら私、大賀くんに八つ当たりしたことあったから」
「ああ......」
それで彼が随分悩んだことも、あった。
「あの時は流産で気が立ってて、若い大賀くんには扱いが大変だったろうなと申し訳なくて。
この人に言われたの。今度はたっぷり必要栄養素をとって、また子づくりしようって。赤ちゃんはいなくなったけど、かけがえのない夫の愛はすぐそばにあるんだから、私は今、とても幸せなのよ」
「うん、とても幸せそう。あやかりたいな」
私はにこっと笑ってその場を去った。うらやましくて、誰の子も宿す勇気もまだない自分が情けなくて、いたたまれない思いだった。
ゆりさんにも遭遇した。
近所のテニスコートで見かけたのだ。額に汗をし、仲間と声をかけ合いながら、元気にプレイしていた。
彼女のいる位置から近かったこともあり、フェンス越しに覗(のぞ)き込んでいる私を、ゆりさんはめざとく見つけた。最初はまるで無視していた彼女も、試合終了後は、駆け寄ってきてくれるかとも思ったけれど、全く関係ありませんという態度を貫かれてしまった。
もう、彼女は『のんある』での出来事を、忘れたいのかもしれない。大賀と温泉旅行に行ったことも、彼女の青春にとっては、消し去りたいエピソードとなってしまったのかもしれない。
在宅とはいえ仕事を再開し、私の体はずいぶん調子を取り戻していた。よほど固さのあるもの以外はごくごく普通に咀嚼(そしゃく)することができている。
このまま、静かに、時は過ぎていくのかもしれなかった。大賀とは二度と会えず、マモルとは会い続けて、そして、私はいつのまにか、元通りの自分へと、還っていくのだろうか。
一抹の淋しさを抱きながら、私は『のんある』の前を通りかかった。大賀に会えるとは思っていなかったけれど、その後の動きを知りたくて、時々、裏通りを歩いてしまう。
するといつもとは違う光景が目に入ってきた。
閉ざされていたドアが、開いていて、中に人影が見えたのだ。
そういえば誰かに店を譲ったと彼は言っていた。内装工事でも入っているのかと覗いてみると、店内から懐かしい顔が現れた。
大賀だった。
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16、「年賀状」考
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