朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2008年10月20日

原稿用紙

昨日、打ち合わせが一件あった。

とある企画の事前取材を札幌市内の某カフェにて受けたのだった。

取材してくれた髪の長い眼鏡女子は、小説を書く者と接するのは初めてのようだった。「小説を書き始めたきっかけは?」を皮切りに、いくつかの質問のあと「現在」の話になった。

「どのようなペースでお仕事をされていらっしゃるのですか?」
「スケジュール帳では、一本書くのに一週間です」
「一本?」
「30枚から50枚の短編です」

首をかしげる眼鏡女子に、なかなか予定通りにはいきませんけど、と付け加えてみたが、かのじょの疑問はそこではなかった。

「30枚とか50枚というのは原稿用紙のことですか?」

そうですよ、とうなずいたのだが、眼鏡女子は合点がいかないふうである。そんなばかな、という気配も発している。

「子どもの頃、作文を書いたあの原稿用紙ですか? 400字詰めの?」

その原稿用紙です、と答えてから、笑った。笑ってからハッとした。わたしも同じような疑問を抱いたことがあったのだった。

小説を書き始めたのは31歳のときだった、とは前に書いた。そのときは手書きだった。当時勤めていた会社からくすねた横書きの社箋にえんぴつで書きなぐったものである。改行もほとんどしなかった。

短大を卒業してほどなく学習デスクは不要とみなし大型ゴミとして捨ててしまっていたから、社箋をひろげる机もなかった。わずか30センチ四方のおもちゃみたいなテーブルでは役に立たない。物置から、縁の欠けたコタツを引っ張り出してきた。高校時代に使用していた小さな国語辞典(「儚い」など、お気に入りの言葉に棒線が引いてあった)をがしがし引きながら、薄い座布団に胡座をかいて、毎晩遅くまで頼まれもしないのに精を出した。

清書する段になって、コクヨの原稿用紙をコンビニで買ってきたのだが、小学生が作文を書くようなものに小説を書いていいのかどうかが不安だった。

小説用の原稿用紙がある気がしたのだ。なにかの折に目にした大御所作家の仕事中の写真によると、そのかたは名前入りの原稿用紙を使っていた。罫線の色は茶色ではなかったし、一枚一枚が独立しているものでもなかった。便箋みたいに上部が糊付けされているのだった。

似たような原稿用紙が欲しくて、町場まで出かけて行ったことをよく覚えている。丸善で、オリジナル原稿用紙を購入した。そのときわたしは店員さんに小説を書いていることを知られたくなくて、ひと芝居打った。訊かれもしないのに、兄が買ってこいというものですからというようなことを、しっかり者の妹の体で、ため息混じりにブツブツと繰り返したのだった。もう、いやんなっちゃう、みたいな感じで。

わりと上手にできたと思う。「兄が買ってこいというものですから作戦」は、小学生時分に編み出していたからだ。篠山紀信撮影による南沙織のカラーグラビアが載っている『月刊明星』をなんとしても手に入れたかったゆえの、苦肉の策といってよかった。南沙織の大ファンだったのだ。そのカラーグラビアでかのじょはビキニを着用しており、わたしは女性の水着写真が載っている雑誌を買えるのは男性だけだと信じ込んでいた。ちなみに、わたしに兄はいない。

さて、現在、わたしは原稿用紙ユーザーではない。パソコンのワープロ機能を用いて、あれこれ書いている。20字×20字の縦書きに設定してあって、これは原稿用紙と同じである。小説の注文は、これだけ電脳社会になってもなお、「30枚で」「50枚で」と原稿用紙換算枚数で分量を示されるからだ。代金も一枚あたりいくらという計算方法でいただく。

たまに短い文章など、字数で注文を承る場合もあるが、そんなときは胸のうちで原稿用紙に換算して考える。「800字で」といわれたら、「2枚だな」と思う。

書くものの長さの感覚は400字詰め原稿用紙が元になっていて、この感覚がいつ芽生えたのかは定かではない。定かではないが、デビュー前にはちがいないと思う。辿っていけば、小学生まで戻るかもしれない。

「遠足」というお題を出され、「最低4枚は書くこと」と先生にいわれて、暗澹たる気持ちになった記憶はけっこう鮮烈だ。

なにも書かれていない原稿用紙を前にして、とりあえず御不浄(わたしの先生はトイレのことをそう呼んだ)に行きたくなったあのときの心許なさをわたしはいつも感じているし、書いたものを読み返すと、その枚数にいつも驚く。

「作家さんなら、800字詰めくらいの原稿用紙かと」

くだんの眼鏡女子は思ったそうだが、1枚800字だったら、長さは2倍で原稿料は半分になる。それ、ものすごくいやだ。

kasumi asakura , 原稿用紙 , 朝倉かすみ

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