朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2008年11月20日

時の経つのは

はっと気づけば、来月は師走だ。時の経つのは早いものである。一体全体どうなってるんだ、と思うほどだ。

わたしはよく寝るほうなので、日中の活動時間が基本的にひとより短い。起きたあともぼんやりしてしまい、一日をドブに捨てることもある。

ところが子どもの頃はあんまり寝なかった。なんだか知らないが、とにかく起きていたかった。

だから、幼稚園でのお昼寝タイムが苦痛だった。軽い義憤に駆られたものだ。なぜ、昼間に眠らなきゃいけないの? 赤ちゃんでもないのに?

「お昼寝の時間ですよ」と先生が号令を発したら、われわれ園児は有無をいわさず、まるでさつまいもの品評会みたいにごろごろと横にさせられ、タオルケットをかけられる。

そうなったら最後、われわれはじっとしていなくてはならない。たとえ地球滅亡のときが近づいていたとしても、さつまいもの状態でいなければならないのだ。

だって、ちょっとでもお友だちとひそひそ話をしたり、ふざけっこをしたら、先生から注意を受ける。ひと差し指を口にあてて、「シーッ」といわれる。

この「シーッ」がわたしはたいへんいやだった。

先生のようすが得意気に見えたのだ。

妙に芝居がかっている気がした。わたしの記憶によれば、「シーッ」をやるときの先生の唇のすぼめ方はかなり大げさだった。そのうえ、心持ち顎を上げ、いかにもなにかを訴えかけるように目を見ひらき、首を横にそっと振ってみせたりする。いわば渾身の「シーッ」だ。ところが、先生の発する「シーッ」は、教室内にわりとよく響き、ひょっとしたらわたしがお友だちとひそひそ話をする声より大きいかもしれないのだった。

「シーッ」といわれてもおしゃべりを止めなかったり、身動きをする園児には、ささやき声での注意が待っている。先生は、口をしっかり動かして、一語一語を明瞭に発音しようとしながら、音量だけを下げようとした。この場合もなぜか目を見ひらくのだから、渾身である。

しかし、わたしの記憶では、眠らない子どもにたいする第二段階の対処法であるこの「ささやき声」も教室内にわりとよく通る。少なくとも、あ、いま、だれそれちゃんが叱られてる、と分かるし、分かられてしまう。

「シーッ」も、ささやき声も、睡眠中(あるいは入眠中)の園児たちへの配慮なのだろうが、ほんとうのところ、そんなに配慮になっていなかったのではないか、というのが、当時のわたしの意見だった。先生たちは「シーッ」とか「ささやき声」を、ただやりたくてやっているだけなのではないか。

なぜなら、眠らない子どもにたいする第三段階の対処法は、教室の外につまみ出すことなのだ。なあんだ、って感じだ。もっと早くそうすればいいのに!

最初からお昼寝したい子としたくない子とに分ければ、話はもっと簡単だ。寝たい子は寝て、あそびたい子はあそぶ決まりにすれば丸くおさまる。もちろん、わたしはあそびたい派だ。眠たくなかったし、地球滅亡のときが近づいたら、素早く逃げ出せるから、一石二鳥だ。

その頃、わたしがもっとも恐れていたのは、ある日突然深みどり色か焦げ茶色か紫色の怪獣が現れて大暴れし始め(テレビのヒーロー物の影響)、すぐに全面的な戦争に突入し、建物が倒れたり地面にひびが入ったりするなどのそれはもうすさまじい事態となった挙句、地球が滅んでしまうことだった。

とはいえ、じつは、一部のひとたちや動物たちが乗り込む船がどこかにひっそりと用意されていて(ここは完全にノアの方舟の影響)、わたしはその船のある場所をぜったいに知っているから(ただし、いまは知らない)、いったん家に帰って、両親と弟を連れて行く使命を負っている。責任重大なのだった。

それはともかく、あくまでも当時のわたしが見たところによると、ほんとうに眠っている子はとても少なかった。ゆえに、ほとんどの子は、がんばって寝るか寝たふりを強いられていることになる。寝なくていいのは先生だけだ。「大人」を笠に着ていると思われた。なんとなくずるい。

だからといって先生をきらいなのではなかった。わたしが通っていた幼稚園では、登園のさい、蔓ばらが絡み付いたアーチをくぐる。初夏ともなれば、ピンク色の花が咲いて、よい匂いがふんわりと漂う。そこをくぐったら、先生が待っていて、おはようとやさしく声をかけてくれるのである。先生の笑顔と行き合うその瞬間が、わたしは大好きだった。お昼寝の時間だけが例外なのだ。つまり、あれさえなきゃいいひとなのにねえ、という感じにものすごく近い。

夜昼かまわず眠るようになったのは、三十を越してからだった。そのあたりから時が早く経つように感じられた。日中の活動時間が少ないので当然だと思う。

しかし、大方のひとたちも「早い、早い」というのだから、ちょっと不思議だ。

もしかしたら、わたしには「早い」と口にする資格がないかもしれない。短い睡眠時間で日を送り、ぼんやりせずに働くひとたちと同じような顔で「早いよねー」とため息をつきつつかぶりを振るのはいかがなものか。

歳を重ねていけばいくほど時の経つのは早くなるという、よくある説に一票入れたい。もしもわたしが幼稚園の先生だったら、お昼寝タイムには園児といっしょに寝るような気がして仕方がない。いや、寝るな。確実に寝る。

kasumi asakura , 朝倉かすみ

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