朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2009年01月10日

お年取り

あけましておめでとうございます、と挨拶するのも気のひける1月10日ですが、謹賀新年。今年もよろしくお願い致します、といっておきながら大晦日の思い出を書く。「お年取り」の思い出だ。

家族があつまって飲み食いしながら新年を迎えることを「お年取り」、あるいはたんに「年取り」という。北海道の風習らしいが、くわしくは知らない。少なくとも、わたしは子ども時分からこの風習に親しんでいる。

「お年取り」が始まるのは夕方だ。わたしの家では、「輝く! 日本レコード大賞」の放映時間に合わせてスタートしていた。とはいうものの、いわゆる「お年取りムード」は、大晦日の朝、目覚めたときから家全体に充満していた。そのムードはおもに京子から発散された。

京子というのはわたしの実母だ。いまは70を超しているのでやや落ちついているが、若かりしころは、新年を迎えるにあたっての気構えが「はしった」ではなかった。「はしった」は京子がよく使う言葉だ。「端(はした)」を強調したもので、概ね否定形で用いられる。「ハンパではない」の意だ。

京子の場合、新年を迎える、というより、迎え撃つ、というふうだった。有り体にいえば、テンパっていた。なるほど、京子にはやることがたくさんあった。こまごまとした用足しのほかに、「お年取り」のご馳走をほとんど手作りしなければならないのだ。

「おかあさんを苛々させないでちょうだい」

大晦日、子どもだったわたしと弟がよくいわれた科白である。「大きな声をださせないでちょうだい」ともいわれたが、京子のこめかみにはとっくに青筋が立っていたし、声音もフルボリュームに近かった。京子はすでに疲労の極地に達していたのだった。当日用意するものは、刺身や茶碗蒸しや鮭の焼いたのだったはずだが、メインとなるおせち料理は前日までに作っておきたいらしく、睡眠不足がつづいていたようだった。北海道では、おせち料理を大晦日にたべる。これも独特の風習らしいが、くわしくは知らない。わたしは子ども時分から大晦日におせち料理をたべていた。そして元日には飽きていた。

さらに、わたしと弟は京子の思う通りにならなかった。

振り分けられた仕事(お風呂掃除や玄関掃除)を適当にやったあとは、ストーブの周りで腹這いになったりしていた。にやけながら肩を押っつけ合ったりしているうち、けんかになった。もうちょっとでお正月、と思えば、しぜんと頬がゆるみ、じっとしていられなくなる。

だって、お年玉をもらったら、漫画もお菓子も買い放題の読み放題のたべ放題だ。もちろんテレビも見放題。わたしは昔から「放題」とか「三昧(ざんまい)」という状態がことのほか好きなのだ。勝英(実父)もにやにやしながら、椅子のうえであぐらをかいて、足の親指をいじったりしていた。食材の買い出しに付き合ったら、お役御免と考えていたようだ。

それでも、父子で力を合わせて、座卓や小さな折り畳みテーブルを居間に運び入れ、クロスをかけた。ふざけながらではあったが、箸や醤油も運んだ。

飲料や、大鍋にどっさり入ったおせち料理各種は、「うちでもっとも寒い部屋」に置いてあった。一戸建てなら、暖房をつけない場所は冷蔵庫の代わりとなる。わたしは思うのだが、おせち料理は、つまみぐいをしたときがいちばん美味しい。その次に美味しいのは、うま煮(煮しめのようなもの)を重箱に詰め替えている京子のそばに行って、よく味のしみたこんにゃくなんかを口のなかにぽいっと入れてもらえたときだ。

京子は毎年「今年の黒豆」の出来を気にしていた。「うまくいった」年と「あんまりうまくいかなかった」年は、なぜか交互にやってきた。たとえ「あんまりうまくいかなかった」年であっても、「皮に皺が寄ってるしね」と尻馬に乗ったら、「作るひとの苦労も考えなさい」と小言をいわれるから、受け答えには注意が必要だった。

さて、いよいよ「お年取り」となるのだが、その前にわたしの家ではお風呂に入る決まりになっていた。それから、神棚をおがむ。今年一年を無事に過ごせたお礼をするのだそうだ。弟は、骨折した年でもお礼をさせられていた。どこが無事だったんだ、と茶化したかったが、かならず、絶対、間違いなく、「屁理屈をいわない!」と京子に一喝されるから黙っていた。

「紅白歌合戦」が始まるころには、満腹だ。人心地ついた京子は出場歌手の歌唱力や衣装について忌憚のない意見を口にした。腹から発声しないアイドル歌手や、「紅白」なのに「普通」の恰好をしている歌手には手厳しかった。「ぱぴっとしないねえ」と大いに憤慨した。「ぱぴっとしない」も京子がよく使う言葉だ。「はっきりしない」、もしくは「(精神が)たるんでいる」という意味合いで用いられる。

わたしの家の「お年取り」は以上だ。年越し蕎麦はたべない。だから、わたしは、年越し蕎麦をたべるのはテレビや漫画のなかの出来事だと思っていた。なにかの拍子で一般家庭でも食すと聞き、「うちでもやろう」と年越し蕎麦の導入を親に提案した。勝英はけっこう乗り気だったのだが、京子は敢然と拒否した。「ひとの真似ばっかりしてどうする」というのである。子どもながらに、すごいな、その理由、と思った。京子レジェンドのひとつである。

「お年取り」の思い出とともに、本人に無断で京子レジェンドを披露したのは、そのふたつがわたしのなかで切っても切れないからだ。それに京子は、わたしが小説で新人賞をいただいたときにこういったのだ。

「おとうさんとおかあさんのことなら、なにを書いてもいいからね」

とはいえ、まさか新春一回目のエッセイで実名をだされるとは思っていなかっただろう。ちなみに、京子レジェンドはまだある。

kasumi asakura , 朝倉かすみ

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