朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2009年01月20日

京子ふたたび

年越し蕎麦をたべる慣習のないわたしの実家では、初詣の慣習もなかった。たぶん神棚をおがんでそれでよしとしたのだと思う。

七草がゆもたべなかったが、鏡開きらしきことはやった。勝英(実父)が堅くなった鏡餅を小さく割って素揚げしてカキモチにしてくれたのだ。作り方を以下に記す。

1・居間に新聞紙を広げ、鏡餅を載せる。
2・どっかりと腰を下ろし、またぐらに鏡餅を引き寄せる。
3・トンカチでもって、大まかに鏡餅をくだく。
4・カビがはえているところを取り除きながら、手でひと口大にしていく。
5・油で揚げて(爆発注意)、塩を振る。

※油を切る紙も、盛り付け用の敷紙も、日めくりの裏を用いる。

このカキモチは美味しかった。勝英はカキモチを作るのが上手だったし、おれがやらないと、みたいな意気込みをからだ全体から発していた。だが、かれに鏡開きという概念があったかどうかは不明だ。やりたいからやっていたような気がする。

慣習といえば、七五三もなかった。気づいたのは中一のときだ。友だちのだれかから「晴れ着すがたで千歳飴を提げている写真」を見せてもらったのがきっかけだった。

家に帰って、早速アルバムをたしかめた。頭に巨大なリボンをくっつけて、着物を着ている写真はあったが、すべてお祭り時のものだった。ひな祭りにも着物を着ているのに、千歳飴を提げている写真は一枚もない。

京子(実母)がアルバムに貼り忘れたのかと思い、訊いてみたら、「そんな写真はない」と即答された。京子いわく、「七五三は東京のひとがやるもの」らしい。嘘だ。げんにわたしの友だちは「北海道のひと」だが七五三をやっている。でもそんなことをいったら「ひとの真似ばっかりして」と一喝されるにちがいないから黙っていた。

京子は「ひとの真似をする」のが大嫌いだ。ただし、かのじょの「ひと真似」の線引きは傍からみると分かりづらい。

たとえば、わたしは少々の熱があっても学校を休ませてもらえなかった。37度台なら熱のうちに入らないというのが京子の持論だ。学校を休みたがる娘に、かのじょは決まってこういった。

「美空ひばりは40度の熱があっても舞台から下りなかったんだよ」

はしった(ハンパ)じゃないねえ、ひばりは、と感に堪えないというふうに、かぶりを振ってみせるのだった。「ひと真似」は嫌いなくせに、「ひばりの真似」は推奨するのだ。

おそらく京子は気力を重んじているのだと思われる。

加えて、子どもは親のいうことを聞くもの、とも考えていたようだ。子どものいうなりになってたまるか、という迫力がみなぎっていた。生意気をいうな、という感じだった。実際、よくいっていた。ばちがあたる、の使用頻度も高かった。親に生意気な口をきく子どもには、きっと、ばちがあたるのである。

京子は、子どもになにかいわれたら、責められた、と感じるようだった。ことに、年越し蕎麦や七五三などの慣習をおこなっていない件を指摘されるのが厭なようだった。

京子からしてみたら、精魂込めて「お年取り」の準備もしたし、お祭りのときには着物を着せたし、ひな祭りだってちゃんと祝ったのに、足りないところをわざわざ見つけ出して、「あれもやっていない、これもやっていない」と文句をいわれて悔しかったのだろう。たぶん、少し悲しかったのだろう。

だが、京子は「ごめんね。そこまで手が回らなくて」と子どもに謝るタイプの母親ではなかった。むしろファイティングポーズをとるタイプなので、娘に二回連続でエッセイに書かれることとなったのだ。

札幌市内の書店には、京子をご存知のかたもいらっしゃると思う。なぜなら、京子は、たまに「朝倉かすみの母でございます」と挨拶しているらしいからだ。

昨夏、わたしは新刊プロモーションで札幌市内のいくつかの書店を訪問した。A書店で、「おかあさまがお見えになりました」と聞き、ものすごく驚いた。凡庸な喩えで恐縮だが、まさに顔から火が出る思いだった。事実確認をしようと京子に電話を入れたら、

「あらー、覚えていてくれたんだね」

と声を弾ませる。とっても嬉しそうだ。いや、そうじゃなくて、といいかけたら、京子はB書店の名を口にして、

「あそこの本屋さんはなにかいってなかったかい?」

と訊く。大型書店だ。

「......あそこにも行ったのかい?」

訊き返したら、うん、というたいへんよいお返事が返ってきた。B書店で女性店員に「ご挨拶」をしたら、「店長さんみたいな男のひと」が現れて、店の奥に案内され、「お茶をのませてもらったの」とのことである。

一瞬、絶句したのち、そのような行為は慎んでもらいたい旨、わりと語気荒く申し入れた。親が書店に挨拶して回る作家なんて聞いたことがない。しかし。

だれもやらないことをやらなくてどうする、というのが京子の言い分だった。親が子どものために頭を下げてなにがわるい、とつづける。

なるほど、そうかもしれないが、わたしの心情は、お気持ちだけで結構です、だった。わたしにだって体面がある。

お忙しいなか、京子にやさしくしてくださった書店員さんに感謝する。あんた(わたしのこと)に怒られたから、もうしない、と京子が申しております。

京子、満73歳。「子どものいうこと」を(ちょっとは)聞き入れるようになった。矛盾するようだが、そこはかとなくさみしい。

kasumi asakura , 朝倉かすみ

バックナンバー

アエラ最新号

2012年2月13日号

2012年2月13日号

最新号キーワード

食の信念が揺らぐ 銀行窓販保険の魅力と危険 早慶女子「一般職がいい」 女心の複雑 「脱東電」で電気代26%節約 「驚異の儲け」グリーよ どこへ行く 絢香インタビュー 荻原博子の石巻ルポ 今年の花粉症 AKB48「恋愛で脱退」のルールと戦略 

2012年2月13日号
定価:380円(税込)
表紙:松田翔太/俳優

雑誌を購入

デジタル雑誌を購入

から検索
から検索