出張
取材のため、某所に来ている。いま、ホテルにいる。シングルの部屋を予約していたのだが、用意されていたのはツインルームだった。料金はシングルと同じなので幸運だ。嬉しい。こんなふうにささやかな幸運を喜びながら生きていきたい、というのはともかく、今回は出張について書きたい。わたしは、現在、出張中なのだ。
出張。それは大辞林によると、「仕事で、勤め先・職場を離れて、他の土地に出かけること」だ。
子どものころ、「転校」に憧れたように、大人になったわたしは「出張」に憧れていた。共通点は「他の土地に行くこと」なのだろうが、わたしが憧れた理由は「他の土地からやって来たひと」になりたかった、ということだろう。詳しくいうと「(親の事情や会社の命令などの、ある程度のっぴきならない事情により、やむをえなく)他の土地からやって来たひと」だ。
ことに「出張」は、わたしのなかでは「選ばれし者」の仕事というイメージがある。「会社や上司に見込まれた者」だ。旅費や宿泊費や日当を出してまでも、仕事を任せたい者である。いわゆる「この仕事はきみにしかできない」というやつだ。「ひとつ、よろしく」みたいな。
そんな仕事をOL時代のわたしが任されるはずもなく、だから、黒いかばん(あるいは銀色のアタッシェケース)を携えて東京から颯爽とやって来るひとたちを格好いいなあと思っていた。そうして、ひと仕事終えたかれらは、出張先の支社に勤めるひとたちと呑んだりたべたりするのである。出張先の支社に勤める者からすれば、それはなんとなく接待の気味があり、わりと張り切って、かれらをお連れする飲食店を選定したりするのだった。
会議に出席するための出張もあるし、トラックの運転手や飛行機の操縦士、またはCA、添乗員、富山の薬売りなど、仕事と出張が密接に結びつく業種もある。アーティストが敢行するライブツアーも出張だろうし、お笑い芸人のいわゆる営業、お祭りで露店を出したり、小屋を張るかたがたの仕事も出張だろう。
わたしが出張する理由は、新刊のプロモーションや担当編集者との打ち合わせや挨拶がほとんどだ。今回のように取材でどこかに出かけるケースはいまのところ滅多になく、なので出張先は東京がメインとなる。飛行機で行く。
旅行かばんは、黒い布張りのキャリーケースだ。六年前に買った。機内持ち込みができないサイズなので、X線検査をしたのち、手荷物カウンターに預ける。
中身はたぶん普通だ。おもに衣類と化粧品で、化粧品はフルサイズのものを持っていく。眼鏡と使い捨てコンタクトレンズ、宿泊先で原稿を書くための資料や読みたい本のほかに、「どこそこで何時にお会いしましょう」と先方が送ってくれたメールをプリントしたものと、その「どこそこ」のホームページをプリントしたものも入っている。
パソコンは専用ケースに入れて持って行く。携帯の充電器もここに入れる。バッグには、財布や携帯など、いつも持ち歩いているものにプラスして、常備薬とか、飛行機のなかで読むべき資料や読みたい本を入れる。
持っていくものは、いつも大体決まっているのに、毎回、なにかしら忘れ物があるのはすごく不思議だ。というのは嘘で、理由ははっきりしている。出かける寸前に大慌てで荷造りするから忘れ物をするのだ。
たとえば今回は携帯の充電器と化粧落としを忘れてきた。ホテルの地図や行き方もプリントアウトし忘れた。うっすらとした記憶をたぐってバスに乗り、漢字三文字のうち一文字しか覚えていない停留所で降り、辿り着いたというわけだった。
ホテルでなにをやるかというと、まずキャリーケースから衣類を出して、クローゼットに入れたり、引き出しにしまったりする。基礎化粧品を洗面台に並べる。パソコンをケースから出して机に置く。大抵こんな感じだ。書くまでもない。
さらに書くまでもないことをつづけると、アダルトチャンネルの番組表を読む場合がある。
今回は『欲求不満そうな人妻にわいせつ訪問販売』というタイトルが気になった。「欲求不満」ではなく、「欲求不満そうな」というあたりに奥深さを感じる。「そうな」だけで「わいせつ訪問販売」するのはいかがなものかとちょっと思う。だが、タイトルから察するに、わりと無邪気に人妻イコール欲求不満としている作品は多い。約束事のようなものなのだろう。
わたしと一部同名のAV女優さんもいらっしゃるのも、以前から気になっていることのひとつだ。一部同名のよしみで、さりげなく応援しているのだった。大きなお世話だが、かのじょの新作が出るとなんとなくほっとする。がんばってるんだなあ、と思う。同じかすみとしてお互い切磋琢磨していければいいなとも思うのだが、わたしが知らないだけでかのじょはすでにスターなのかもしれない。だって、番組表にはタイトルより先に名前が載っている。きっとすごく可愛い女の子なんだろうなあ、と思いをはせたりする。
読むのはアダルトチャンネルの番組表だけではない。「館内説明」や「ホテル周辺の情報」、「アロマテラピートリートメント」や「マッサージ」の案内も読む。それからようやく仕事に取りかかる始末である。
そんなわけで原稿が遅れてしまった。申し訳ない。ご迷惑をおかけして、こんなことを最後に書くのもどうなんだという話なのだが、わたしが心惹かれたAVのタイトルは『おならヌード』だ。文字通り、はだかの女が放屁するだけの内容だとしたら、なかなかアバンギャルドなのではないか。
出張。それは大辞林によると、「仕事で、勤め先・職場を離れて、他の土地に出かけること」だ。
子どものころ、「転校」に憧れたように、大人になったわたしは「出張」に憧れていた。共通点は「他の土地に行くこと」なのだろうが、わたしが憧れた理由は「他の土地からやって来たひと」になりたかった、ということだろう。詳しくいうと「(親の事情や会社の命令などの、ある程度のっぴきならない事情により、やむをえなく)他の土地からやって来たひと」だ。
ことに「出張」は、わたしのなかでは「選ばれし者」の仕事というイメージがある。「会社や上司に見込まれた者」だ。旅費や宿泊費や日当を出してまでも、仕事を任せたい者である。いわゆる「この仕事はきみにしかできない」というやつだ。「ひとつ、よろしく」みたいな。
そんな仕事をOL時代のわたしが任されるはずもなく、だから、黒いかばん(あるいは銀色のアタッシェケース)を携えて東京から颯爽とやって来るひとたちを格好いいなあと思っていた。そうして、ひと仕事終えたかれらは、出張先の支社に勤めるひとたちと呑んだりたべたりするのである。出張先の支社に勤める者からすれば、それはなんとなく接待の気味があり、わりと張り切って、かれらをお連れする飲食店を選定したりするのだった。
会議に出席するための出張もあるし、トラックの運転手や飛行機の操縦士、またはCA、添乗員、富山の薬売りなど、仕事と出張が密接に結びつく業種もある。アーティストが敢行するライブツアーも出張だろうし、お笑い芸人のいわゆる営業、お祭りで露店を出したり、小屋を張るかたがたの仕事も出張だろう。
わたしが出張する理由は、新刊のプロモーションや担当編集者との打ち合わせや挨拶がほとんどだ。今回のように取材でどこかに出かけるケースはいまのところ滅多になく、なので出張先は東京がメインとなる。飛行機で行く。
旅行かばんは、黒い布張りのキャリーケースだ。六年前に買った。機内持ち込みができないサイズなので、X線検査をしたのち、手荷物カウンターに預ける。
中身はたぶん普通だ。おもに衣類と化粧品で、化粧品はフルサイズのものを持っていく。眼鏡と使い捨てコンタクトレンズ、宿泊先で原稿を書くための資料や読みたい本のほかに、「どこそこで何時にお会いしましょう」と先方が送ってくれたメールをプリントしたものと、その「どこそこ」のホームページをプリントしたものも入っている。
パソコンは専用ケースに入れて持って行く。携帯の充電器もここに入れる。バッグには、財布や携帯など、いつも持ち歩いているものにプラスして、常備薬とか、飛行機のなかで読むべき資料や読みたい本を入れる。
持っていくものは、いつも大体決まっているのに、毎回、なにかしら忘れ物があるのはすごく不思議だ。というのは嘘で、理由ははっきりしている。出かける寸前に大慌てで荷造りするから忘れ物をするのだ。
たとえば今回は携帯の充電器と化粧落としを忘れてきた。ホテルの地図や行き方もプリントアウトし忘れた。うっすらとした記憶をたぐってバスに乗り、漢字三文字のうち一文字しか覚えていない停留所で降り、辿り着いたというわけだった。
ホテルでなにをやるかというと、まずキャリーケースから衣類を出して、クローゼットに入れたり、引き出しにしまったりする。基礎化粧品を洗面台に並べる。パソコンをケースから出して机に置く。大抵こんな感じだ。書くまでもない。
さらに書くまでもないことをつづけると、アダルトチャンネルの番組表を読む場合がある。
今回は『欲求不満そうな人妻にわいせつ訪問販売』というタイトルが気になった。「欲求不満」ではなく、「欲求不満そうな」というあたりに奥深さを感じる。「そうな」だけで「わいせつ訪問販売」するのはいかがなものかとちょっと思う。だが、タイトルから察するに、わりと無邪気に人妻イコール欲求不満としている作品は多い。約束事のようなものなのだろう。
わたしと一部同名のAV女優さんもいらっしゃるのも、以前から気になっていることのひとつだ。一部同名のよしみで、さりげなく応援しているのだった。大きなお世話だが、かのじょの新作が出るとなんとなくほっとする。がんばってるんだなあ、と思う。同じかすみとしてお互い切磋琢磨していければいいなとも思うのだが、わたしが知らないだけでかのじょはすでにスターなのかもしれない。だって、番組表にはタイトルより先に名前が載っている。きっとすごく可愛い女の子なんだろうなあ、と思いをはせたりする。
読むのはアダルトチャンネルの番組表だけではない。「館内説明」や「ホテル周辺の情報」、「アロマテラピートリートメント」や「マッサージ」の案内も読む。それからようやく仕事に取りかかる始末である。
そんなわけで原稿が遅れてしまった。申し訳ない。ご迷惑をおかけして、こんなことを最後に書くのもどうなんだという話なのだが、わたしが心惹かれたAVのタイトルは『おならヌード』だ。文字通り、はだかの女が放屁するだけの内容だとしたら、なかなかアバンギャルドなのではないか。

2012/02/10 05:46:22
公演中止から10ヶ月、『戯伝写楽』の特別な五日間
2012/02/09 23:46:43
ネットカフェ、2300円。
2012/02/07 06:54:01
恋愛禁止もガマン/だってAKB48だから
2012/02/07 05:39:35
「福島の子どもたちからの手紙~ほうしゃのうっていつなくなるの?」発売します。
2012/01/29 10:05:02
期間限定!元・朝日新聞東京本社編集局長・外岡秀俊氏による文章教室、開校。
2012/01/23 10:20:44
AERA English 2012年3月号の内容は!
2012/01/22 14:19:12
16、「年賀状」考
一行コピー, 内藤みか, 押切もえ, K野, AERA English, 中島かずき, 内田かずひろ, 木村恵子, 恋愛, ロダン, ハングリー, 食べ物, 福井洋平, 山田厚史, バルセロナ, 映画, japan photo project, Tina Bagué, ジャパン・フォト・プロジェクト, ティナ・バゲ, 森本徹, 飯島奈美, 尾木和晴, 結婚, ゆきちゃん, 田岡俊次, 高井正彦, aera english, ロダンのココロ句, 太田匡彦






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