朝倉かすみ[ぜんぜんたいへんじゃないです。]

2009年05月30日

書くこと以外

「作家」って、書くこと以外にもいろんなことをするんだなあ、と思ったのは、新人賞を頂戴してすぐだった。

受賞発表号の翌月に、朝倉かすみというなりたてほやほやの作家を写真付きで紹介してくださることになったのだった。

俗にいうグラビアというやつなのだが、広く世の中に理解されている、あの手のグラビアでは勿論ない。とはいえ、グラビアという言葉には、こんなわたしでも、やはりなにかこう心浮き立つものがあって、担当編集者から企画を聞かされた直後は少しだけ気分がよかった。

だが、そのちょっぴりウキウキした気持ちは、企画の詳細を聞くうち、すみやかに霧散していった。わたしが東京に行くのではなく、担当編集者とカメラマンが札幌に来てくださるというではないか。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

自分が、出版社のかたがわざわざ飛行機に乗って撮りに来てもらうほどの「素材」だろうかという疑問が浮かぶ。いや、この「素材」というのは、容姿や年齢の問題ではなく(当たり前だ、グラビアといっても掲載されるのは小説誌なのだから)、「作家」として、出版社のかたにご足労願っていいほどのものなのかどうかという意味での「素材」である。

受賞第一作は書き始めていたものの、三、四枚しか書けていなかった。新人賞受賞から一週間も経っていなかったが、言い訳にならない気がする。むしろ、早く書けよ、と暗にいわれている感じがした。いいか、きみはこれからずうっと書いていくんだ。ぼくたちはそれを期待して孔雀の置物(正賞)と五十万円(副賞)をあげて、帝国ホテルでフランス料理もたべさせたんだ、といわれているような感じだ。

設備投資がどんどん膨らんでいくイメージ。あるいは油田を開発するために、がんがんボーリング調査をおこなっているイメージがわたしのなかに立ち上がったものである。わたしだって、かれらを泥舟に乗せたくないし、できれば上質の石油を無尽蔵に噴出する油田になりたいと思う。でも、それって、やってみなきゃ分からないよね? ほんとうに海のものとも山のものともつかない状態なんだから。でも、がんばるよ。いいものを書くよ。でも、やっぱりやってみなきゃ分からないよね、と堂々巡りを繰り返したりした。はっきりいって、すごく不安だった。具体的ななにかを気にかけているというよりは、もっと漠然とした恐れだった。畏れ、という漢字をあてたほうがいいのかもしれない。

小説を書いていくことと、職業作家になること、ひっくるめて、まったく見えない「その先」や、ていうか、そもそも小説ってなんだろう、とか、職業作家ってなんだろう、みたいな根本的な問いが、かんかん照りのもと、一本道を歩いたときに、ひたいにじっくりと滲み出て玉をつくったのちにツーッと滴る汗のように、わたしの胸のうち(正確を期するなら、胃)に溜まっていった。症状としては食欲不振、および胃痛だ。

いま思い返すと、こんなことは考えなくてもよかったのかもしれないし、ひょっとしたら、考えてもどうしようもないことなのかもしれない。そんなことはないと思うし、思いたいのだが。

撮影の日までに一本書き上げ、待ち合わせの場所で担当編集者に渡すことにした。この小説は結果的にボツとなったが、書くことは書き、渡すことは渡したのだった。漠然とした「おそれ」を(少しのあいだでも)追いやるには、いまできることをやるのが有効だ、という言い方はなんだか偉そうでどうにも気が引ける。もとよりわたしは、いまできることしかやれないタイプなのだ。しかも基本的にひとつしかできないのだから、歩留まりは決してよくない。

で、まあ、なにをいいたいのかというと、わたしは現在でも「そんな」だということだ。

書くこと以外の仕事をする前は、不安になり、緊張し、胃が痛くなる。ダイジョブです、愉しみです、といいながら、つい根本的な事柄をふくめていろんなことを考えてしまう。「いまできること」に邁進(まいしん)し、邁進のあまり、ひとさまの前に出る頃にはよれよれになっているケースがほとんどだ。

しかし、どうしたものか、当日前夜には吹っ切れるのだった。難局を乗り越えた感じがするのだ。あくまでも自分のなかだけの話だし、実際にはなにひとつ乗り越えてはいないのだが、みょうな達成感が胸に広がり、じつに爽快だ。なので、書店回りを始め、いわゆるプロモーションと呼ばれる「書くこと以外の仕事」にあたるときは、やみくもに機嫌がいいはずだ。プロモーションをさせてもらえるのは、ありがたいことなのである。

おととい、札幌でサイン会をやらせてもらった。新刊『玩具(おもちゃ)の言い分』のプロモーションの一環だ。

担当編集者の南部さん(二、三年前に新卒で入社したのに、途中入社ですか? と訊きたくなるほど泰然としている)と、担当じゃないけど編集者の牧野さん(四十前にもかかわらず前立腺がよくないらしい)と営業の宮島さん(個人的な感想だが知り合いに似ている)がわざわざ飛行機に乗って来てくれた。お客さまも来てくれた。そんなに大勢というわけではなかったが、すごく、すごく、嬉しかった。なかには「緊張して昨日の夜は眠れませんでした」といってくださるかたもいて、いやー、わたしも二日前の夜まではあんまり眠れませんでしたと答えたかったが、見栄を張っていわなかったことをいま、なんとなく反省している、と書いたところで紙数がつきた。しまった、前段が長すぎたか。この話、次回につづくかもしれない。

グラビア , 朝倉かすみ

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