30歳
小説を書き始めたのは31歳のときだった、と、連載1回目はもとより、あちこちでいったり書いたりしているが、違うかもしれない。30歳だったような気がしてきた。時と場合によっては30歳と答えた覚えがうっすらとある。
まあ、1歳くらいどうということもなかろう、と考える質なので基本的に気にしていない。だいたいそのへん、ということでいいのではないか。そもそもわたしが小説を書き始めたのが何歳だったか、は、世の中の大事ではない。
だが、ある程度の年齢で、これから小説を書こうと考えているかたにとっては、そんなに小さな問題ではないだろうと思う。問題、というより、なんとなく気になるのではないかなあ。
というのも、わたしがそうだったからだ。「いま、本を出しているひと」が、小説を書き始めたときは何歳で、どのような「感じ」だったのか、そこはかとなくではあるが、わりとしつこく気になった。
なので、今回は、「これから小説を書こうと考えている(あるいは、実際、書いている)、そんなに若いというほどではないかたたち」に向かって書く。
小説を書き始めたきっかけは、「結婚できそうになかったから」だ。これも連載1回目を始め、あちこちでいいふらしている。
「小説を書く」という選択を、正社員になるとか、資格を取ることより「現実的」と感じられた、というのは、嘘ではないが、ほんとうでもない。
そういうふうにいったら恰好いいかな、天命に導かれた感が出るかな、とちらっと思ったことを白状する。しかし、繰り返すが、まったくの嘘ではない。正確な表現をするならば、事実を省略したうえに「作家として演出したい部分」をほんのちょっぴり上乗せし、際立たせるテクニックを用いた、というところであろう。37度前後の熱で会社を休みたいときに、病状を少々重めに申告するのと似ている。
30歳になってすぐ、航空会社主催の作文コンクールのようなものに応募したのだった。「旅の思い出を書いて送れば、その思い出の場所にご招待いたします」という企画だった。北海道内のみでの募集で、「思い出の場所は国内にかぎる」のが条件。枚数は忘れたが、4、5枚だったような気がする。「再訪のようすは広告に使用」するのも条件のうちだった。
少し前に東京にいったばかりだったわたしは、もう一度いってみたくて応募した。ただでもう一度いけるのなら、ありがたい。東京では、団子坂や不忍池、本郷など、明治の小説によく出てくるところをめぐり、とっても愉しかったのだ。
新宿にもいった。ゴッホの「ひまわり」をひと目見るためだった。安田火災海上保険(現・損保ジャパン)が何十億だかで購入した「ひまわり」である。公開当初はたいへんな人出だったらしいが、そのころは一段落していた。
こども向け百科事典を親がわたしに買いあたえたのは、小学校一年生か二年生のときだ。『世界原色百科事典』という名だったと思う。これで勉強でもしたらどうだ、というざっくりとした目論見が親にはあったようだが、わたしは『世界原色百科事典』のなかの美術ばかりを収録した巻と、音楽ばかりを収録した巻(音楽の巻はレコード付)しかひらかなかった。ひまがあれば、その二冊を引っ張り出して、寝そべりながらながめたり、レコードを聴いたりしていた。美術の巻ではゴッホの「ひまわり」、音楽の巻ではリストの「ラ・カンパネラ」が好きで好きでどうしようもなかった。
「ひまわり」は実物のひまわりとはちょっとちがうけど、でも、すごくひまわりっぽい感じがしたし、「ラ・カンパネラ」は実際の鐘の音とはかなりちがうんだけど、すごく鐘の音っぽい感じがした。ふたつとも、じいっと見たり聴いたりしていると、イーッと歯をくいしばりたくなって、頭がこんがらかりそうになって、面白かった。わたしにとって、新しい面白さだった。
その「ひまわり」の本物と、大人になって対面したことを作文に書き、応募し、「思い出の場所」に招待されたのである。カメラマンが撮ったわたしのけっこうアップの写真が広告として使われ、北海道内のみとはいえ、新聞の全面広告だったから、親戚や友人に軽く反響を呼んだ。
短大時代からの友人・マダム香川からは、「あんたの顔が新聞に大々的に載っていたんだけど」と電話がきた。「作文を書いてみたら選ばれちゃってさ」と自慢したら、「作文かい」「作文だよ」「小説じゃないんだ?」「小説じゃないよ」みたいな問答があったのだった。マダム香川のなかでは、作文くらいでは新聞に顔は載らない(たとえ広告でも)という考えがあったようだ。
そのとき、自分で口にした「小説じゃないよ」という言葉が、なんだか、胸に沈み込んだ。ひとりで生きていくための選択肢に「小説を書く」が加わったのは、きっと、このときだろうと思う。

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