だだくさい
とある雑貨店のステーショナリーコーナーを覗いたら、来年用の手帳やカレンダーが出そろっていた。気がつけば十月下旬。今年もあと二カ月ちょっとだ。
来年こそは、手帳を使いこなしたい。いや、「来年こそは」と今年度の反省を踏まえたうえで、次年度への意気込みを表明するのなら、わたしの場合、あとにつづく案件はたんとある。ありすぎてどこから手をつけていいか分からないくらいだ。手帳の件は氷山の一角にすぎない。だが、とりあえず、手帳をなんとかしたい。なぜなら、約束を忘れるからだ。約束事を勘で覚えてはいけない。
手帳を初めて持ったのは中学生のときだった。生徒手帳だ。たしか深緑色の薄いもので、校則が書いてあった。白紙のページもあったが、なにか書き込んだ記憶はない。高校生のときも同様だった。胸ポケットに入れていただけだ。学校関係の用事はたいていプリントで渡されるから、メモを取る必要はほとんどなかった気がする。あったとしても、プリントかノートのはしっこに走り書きすればいい。わざわざ手帳を取り出すほどではないと思った。
もしも手帳に書きつけたら、ハンガーにかけて洋服ダンスにしまっておいた制服の胸ポケットから、またわざわざ取り出して確認しなければならない。そのひと手間が、もう、なんか、どうしようもなく面倒くさいのだ。
そう、面倒くさい。
手帳にかかわるなにもかもをわずらわしく感じるのはわたしだけなのであろうか、と反語を用いてまで強調する。
まず、字を書くのが厄介である。わたしは字が下手なのである。下手にもいろいろ種類があるが、わたしは、文字が散らばりがちなタイプの下手だ。同じ調子でそろえて書く、ということができない。酔っぱらいの足跡みたいにふらつく。ひとつひとつの文字のバランスが著しくわるく、漢字などは、正しく書いても誤字に見える。さらに、日によって字体が変化する。筆記具によっても変わる。わたしの字は、とにかく、不安定なのだ。
だったら、丁寧に書けばいいのに、早く書いてしまう。時間があっても、なぜか、急ぐ。ほとんど慌てふためく、という感じだ。升目も罫線も無視する。慌てる理由は、おそらく、自分の字をじっくり見たくないからだろう。ところが、手帳は繰り返し見るものだ。じっくり見るのもいやだが、何度も見るのもいやだ。
次に挙げたいのが、先にも書いた「取り出す」問題。そうしなければ意味ないじゃんの「つねに携行する」問題もある。いずれもたいへんわずらわしい。
生意気にも、わたしの手帳は数年来エルメスだ。高価な手帳なら、下手でも丁寧な字でまめに書き込む癖がつくかもしれないと思いついたのが購入の動機なのだが、いまのところ、そんな癖がつく気配はない、というのはともかく、エルメスの手帳はけっこう嵩張るし、そこそこ重たいので、取り出し、携行の両面において、不具合である。
いやいや、手帳ひとつで嵩張るだの重たいだの、ちびはちびでも一寸法師レベルじゃあるまいし、といわれるかもしれないが、バッグというかぎられた空間では「嵩張る」し、心理的には充分「重い」。だが、これはわたしのせいだ。丁寧な字でまめに書き込む癖がなかなかつかないので、手帳を大きくしていったのだ。
手帳専用のボールペンは細すぎて扱いづらいから、握りやすくて書き心地がソフトなものも買った。3色だか4色で色分けしたら能率的、という噂を小耳に挟み、それは便利だし、見た目もきれいだし、なにより書くのが愉しくなるだろうと今年から色分け制を導入し、「締め切り」は赤、「外出(仕事)」は青、「外出(私用)」は緑、「その他」は黒、と決めておいたのに、つい、気分で色を換えてしまうのに加えて、「なんでも手帳に書きつけたいとき」と「なんにも書きたくないとき」が周期的にめぐってきて、くわしくいうと「なんにも書きたくないとき」は「もろもろ立て込んでいるとき」と重なり、本来ならば、そういうときにこそ予定を書き込んでおかなければならないのにもかかわらず、手帳のページは「空白」になり、いやにカラフルな殴り書きのページと混在しているというこの状況が現況である。打破できるものなら、打破したい。
先だって、偶然、友だちに手帳を見られた。「うわー、だだくさい」といわれた。中途半端とか大雑把という意味らしい。手帳よりも、だだくささをどうにかするほうが先決かもしれない。来年こそは。

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