2008年09月20日

4人の側近と後継息子

脳卒中説の金正日後

編集部 小北清人

両頬がげっそりこけ、車椅子にぐったりと座る金正日総書記の写真がある。2000年前後に撮影された家族写真だ。これを目にした人物は語った。

「深刻な糖尿病だという話だった。ああもう彼は長くないんじゃないかと思ったね」

2年前にはこんな情報も。

「肝臓と心臓が悪く、糖尿が悪化し歩くのが難しい。20~30メートル歩くと座って休まなければならず、椅子と足もみ機を手に随行する秘書がいる」

昨年は心臓手術を受けたとの情報も。初期認知症の兆候があるとの話もあった。

そして今回。

「金総書記は8月14日以降、循環器系の異常で手術を受けた。脳卒中か脳溢血のどちらかで倒れたとみられる。だが意識はあり、言語障害はなく、動くことも可能なようだ。容体は快方に向かっている」

9月10日、韓国国会の情報委員会(非公開)に出席した情報機関、国家情報院幹部はそのように説明したという。

◆ネタ元は中国で信憑性

8月14日を最後に、軍部隊訪問など公開活動が伝えられず、しかも韓国紙が「中国人医師らが北朝鮮入りしたまま戻らない」と報じたことから一気に、「9月9日に平壌で開かれる建国60周年記念行事に出席するかがポイントだ」と彼の健康状態への関心が高まっていた。

一方で9月初めには、

「倒れたのは事実だが、医師の派遣という水面下の中国当局などの打診を北朝鮮側が断ったようだ」(関係筋)

との情報もあり情報は錯綜した。

建国60周年といえば国の「還暦」。親類が北朝鮮にいる在日関係者は、

「日本以上に朝鮮半島では、還暦は特別。労働新聞など主要3紙は今年年頭から大々的な行事を行うと書いていた。これに出ないなら、よほどの事情があるとしか考えられない」

そして9日、金総書記は遂に現れず、「重病説」は一気に世界中に広まった。

関係者によると、10日の韓国情報機関の説明のネタ元は米国政府。米メディアは前日9日夜(日本時間)に、金総書記が頭をやられ手足がマヒ状態だと相次いで報じたが、それは米情報機関関係者が説明した可能性が高い。その米国のネタ元は中国当局とみられる。6者協議米代表のヒル国務次官補が6日に北京で武大偉外務次官と会談しており、そこで病状について説明を受けたのではないかとの話もある。北朝鮮の生命線を握る中国当局発なら確実、と一気に広がったようだ。

中国政府は公式には「知らない」と明言を避けたが、否定しないこと自体が事実上の肯定と受け取れるのだ。

重病説について北朝鮮メディアは沈黙を守っている。ナンバーツーの金永南最高人民会議常任委員長は訪朝した共同通信の取材に、「(総書記の健康には)何の問題もない」と答え、宋日昊日朝交渉大使も「一顧の価値もない情報だ」と一蹴した。

だが今回は北朝鮮側が認めない以上断定しにくいが、重病説は相当確度が高いとみる分析が支配的だ。それが事実なら、執務復帰が可能なのかが今後の焦点となる。

◆体制動かす4人の側近

平壌は現在平穏と伝えられる。だが北朝鮮とパイプを持つ一部事情通などからは、

「総書記の実務面の側近が某国大使館に逃げ込んだとの情報がある。軍部が全権を握るため動き出したとの話もある」

と俄かには鵜呑みにできない話さえ飛んでいる。今後、平壌で軍部を巻き込む「金総書記後」をにらんだ暗闘が起きるのかも注目される。

「金正日体制を動かしているのは事実上、4人の側近」

と話すのは重村智計早大教授。4人とは、長く外相を務めた生き残り名人のナンバーツー金永南最高人民会議常任委員長、総書記と若い頃から親しく軍部に影響力を持つ呉克烈作戦部長、失脚しても何度も復活してきた総書記の義弟の張成沢朝鮮労働党部長、最後は党の奥の院で実務を差配する李ジェガン組織指導部第一副部長だ。彼らが接近と牽制を繰り返す中で保たれてきた権力の勢力均衡が、総書記不在でどう変化するか。

張成沢氏は金総書記が可愛がるただ一人の同腹の妹、金敬姫氏の夫。日本の有力者に知人もおり、「総書記後」の中継ぎ後継者として名前が挙がったこともある。思想より経済重視の現実派といわれ、ここ数年は中国への秘密訪問が確認されるなど、経済回復のため中国と関係を深めているといわれる。そこがまた「我々に主人面する中国に媚びを売る奴」と軍の一部や思想派の反感を買うようだ。

だが北朝鮮官営メディアは、金日成、金正日と継承された「革命の首脳部」は血によって継承されなければならないと、何度となく国民に宣伝してきた。つまり金総書記の息子を「看板」として担ぎ、形だけでも権力を継承させることが前提なのだ。

◆経験不足の息子たち

長男・正男氏は37歳、次男の正哲氏と三男正雲氏はまだ20代。正男氏の母、次男と三男の母は2人とも亡くなっている。正男氏は2001年に家族連れで日本に偽造旅券で入国を図り逮捕、中国に強制送還された事件で有名だ。中国当局の保護のもと主に北京で生活しているが、数年前に叔母の金敬姫氏にかけた電話が盗聴され、父の総書記を罵倒した話が漏れたという。韓国マスコミによると、この7月末から平壌に異例の長期滞在をしており、総書記の病状と関連がありそうだ。

正哲氏は一時期、軍内部で「親愛なる中隊長同志」などと偶像化の動きがあり、後継者確定ともみられたが、その後は目立った動きはなく、ドイツにエリック・クラプトンの公演を見に行った姿がキャッチされたくらい。正雲氏については顔も確認されていない。

大学を出てすぐ労働党内部で実務を担当し組織運営を学んだ金総書記に比べ、息子たちはいずれも北朝鮮の学校には行かずスイスなどに留学しており(正雲氏は不明)、後継者としては経験不足は歴然だ。だれが就任しても「お飾り」になる可能性は否めない。

◆2012年の思惑が...

後継者の登場は、金総書記が70歳、故金日成主席が生まれ100年となる2012年に行われるとの見方が強まっていた。だが、総書記が「重病」ならば思惑は崩れる。ある日突然、北朝鮮メディアが息子の誰かの「革命実績」を大々的に流し始めたとき、後継者確定となるだろう。

だがもし北朝鮮国内が権力抗争で混乱すれば、情勢は一気に流動化する。日米中韓、特に朝鮮半島の混乱を恐れる中国は北朝鮮を「生かさず殺さず」で支配しようとしてきた。統一が悲願の韓国も、急激な北朝鮮崩壊による統一は莫大なコストを生み、自国の経済崩壊につながる。

韓国の保守政権発足に反発し対話を拒否、食糧や肥料の支援要請さえ拒んでいた北朝鮮だが、最近になって「民間の支援なら受け取る」と言い始めた。食糧事情が相当切迫しているのは間違いない。これから何が起きるか全く予断を許さない。

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